8話「大切な事を忘れていた僕には幸せになる資格はない」ライアン視点
「……朱色のシュミーズドレス、真紅のフレンチ・ジャケット、洋紅色布張りのフォーマルハット、真朱のベルト式のハイヒールと、ブリリアントカットのダイヤモンドのイミテーションのイヤリングとネックレスは、先日の秋祭りの日にソフィーナが身に着けていました。
彼女にはちっとも似合っていませんでしたが……。
その時ソフィーナが僕に、茶色いインクの硝子ペンについて尋ねてきました。
それが何か関係あるのですか?」
「朱色のシュミーズドレスと、真紅のフレンチ・ジャケットと、洋紅色布張りのフォーマルハットと、真朱のベルト式のハイヒールと、ブリリアントカットのダイヤモンドのイミテーションのイヤリングとネックレスは、あなたがソフィーナに贈ったものです。
茶色いインクの硝子ペンは、ソフィーナがあなたにプレゼントした物です」
「えっ?」
「心当たりがないという顔をしていますね。
朱色のシュミーズドレスと、真紅のフレンチ・ジャケットと、洋紅色布張りのフォーマルハットと、真朱のベルト式のハイヒールは、昨年のソフィーナの誕生日に、あなたの名前で彼女に贈られた物よ。
ブリリアントカットのダイヤモンドのイミテーションのイヤリングとネックレスは、あなたがまだ幼い頃、ソフィーナと城下町に散策に出たときに、あなたから彼女に贈ったもの。
茶色いインクの硝子ペンは、そのお返しにソフィーナがあなたにプレゼントした物です」
母上に言われてぼんやり思い出した。
昨年のソフィーナの誕生日、僕は次の生徒会会長になることが決まり浮かれていた。
誰を生徒会のメンバーにしようか? どうやって学園を改革しようか? そんなことばかり考えていた。
だから執事に、ソフィーナの誕生日プレゼント選びを丸投げした。
執事に「ソフィーナ様へのプレゼントは朱色のシュミーズドレスと、真紅のフレンチ・ジャケットと、洋紅色布張りのフォーマルハットと、真朱のベルト式のハイヒールを選びました。こちらを贈ってよろしいですか?」と聞かれ、適当に返事をした気がする。
ブリリアントカットのダイヤモンドのイミテーションのイヤリングとネックレスと、茶色いインクの硝子ペンについては、記憶にすらない。
ソフィーナと城下町を散策したこと自体、記憶にない。
「それから、この間の秋祭り誰かと行く約束しなかったかしら?」
「生徒会のメンバーと約束しました。
彼らは地方出身なのでお祭りの見物がてら城下町の案内をしたいと思い……」
「彼らと約束する前に、誰かと約束しなかったか尋ねているの」
「えっ?」
全く記憶にない。
「分かりません。
生徒会のメンバー以外と約束はしていません」
「いいえあなたはソフィーナに秋祭りに行こうと誘われ、了承しているのよ」
「はっ……?」
「言われても思い出せない。
あなたにとってソフィーナはその程度の人間だったということね。
ソフィーナに会いに行くことは許しません。
溝が深くなりあなたの立場が、いえこの国の立場がますます悪くなるだけです」
母上に冷たい口調で言われ、僕の胸はズキリと痛んだ。
「まるで悲劇の主人公にでもなったような顔をしてるわね。
あなたの百倍ソフィーナは傷ついたのですよ。
婚約者は昨年の誕生日に自分に何をプレゼントしたのか記憶しておらず、幼い頃のプレゼントについても覚えていない。
婚約者は、自分との約束をすっぽかし平民の女を腕にぶら下げデートしている。自分とデートの約束をしたことは記憶にすらない。
その上、あなたに髪と瞳の色を地味と言われソフィーナがどれだけ傷ついたか……。
わたくしがソフィーナと同じ権力を持っていたら、あなたから王位継承権を剥奪して北の塔に幽閉しているわ」
北の塔に幽閉された者は死を待つだけ。
実の親にそこまで言われ、僕は胸を抉られた。
「あなたは早急に将来のことを考える必要があるわ」
「えっ……?」
「あなたの残された将来の道は四つ。
一つ目は王位継承権を返上し、騎士団に入ること。
その軟弱な根性を叩き直してもらういい機会ね。
二つ目はやはり王位継承権を返上し、文官になること。
文官のほとんどはアーレント公爵の息のかかったものだから、ソフィーナと婚約を解消したあなたは、文官たちに袋叩きにされるでしょうね。
文官として生き抜く道は彼らの靴の裏を舐めることよ。
三つ目は王位継承権を返上し、準男爵の地位を賜り一生独身で過ごすこと。
四つ目は王位継承権を保持したまま王子として過ごすこと。
その場合は王妃様と第二王子殿下の靴の裏を舐め、一生お二人のご機嫌を伺い、お二人にごまをすって生きることになるわ。
さあどの道がいいかしら今すぐ選択なさい」
「父上はなんと?」
「今は陛下に会いに行かない方がいいですよ。
アーレント公爵が休暇を取った上に、彼の派閥の人間が全員仮病を使って登城を拒否しているから、政務が滞りまくっているの。
陛下はその原因を作ったあなたにカンカンよ。
いま陛下に会いに行ったら、即座に拘束され平民用の薄暗い地下の牢屋に放り込まれるわね」
そんな事態に陥っていたなんて……!
「今一度聞きます。
あなたはどの道を選ぶのですか?
今すぐに答えなさい」
どれも最悪だが、騎士団にボコボコにされるのも、文官に頭を下げるのも嫌だ!
特に十歳も年の離れた弟に頭を下げ、彼の靴の裏を舐めて生きるのは絶対に嫌だ!
「三番にします。
僕は王位継承権は返上し男爵位を賜ります」
「男爵ではなく、あなたに与えられるのは一代限りの準男爵の地位よ。
そうですか、それにしても一番大変な道を選びましたね」
「母上それはどういう意味ですか?」
「学園であなたに虐げられた上位貴族はあなたに恨みを持っています。
彼らは、王位継承権を剥奪され準男爵になったあなたをどのように扱うかしら?」
母上に尋ねられ、背筋が寒くなった。
「陛下の御慈悲であなたが学園を卒業するまで、王子でいさせてくれるようです」
それを聞いてホッとした。
王位継承権を剥奪され、準男爵として学園に通うことを想像しただけでゾッとする。
「安心するのはまだ早いですよ」
まだ何かあるのか?
「今後二度と下位貴族が調子に乗ったことをしないように、王妃様は第二王子殿下が学園に通う三年間、下位貴族と平民を入学させないと決定しました。
第二王子殿下が入学する時、二年生や三年生にも下位貴族と平民がいてはいけない。
第二王子殿下が三年生の時、一年生や二年生に下位貴族や平民がいてもいけない。
つまり五年間、下位貴族と平民は学園に通えません。
下位貴族の令嬢や令息は第二王子が学園に入学する前に飛び級で卒業するか、第二王子が卒業するまで入学を見送るか、休学するかしかなくなりました。
下位貴族と言ってもあなたが賜る準男爵の地位より、地位は上です。
あなたは王妃様や第二王子殿下だけではなく、上位貴族からも下位貴族からも恨まれることになります。
準男爵の身分でいつまで耐えられるかしらね?」
母上はそう言って「ふふっ」と他人事のように笑った。
「わたくしは側室の地位を返上し修道院に入ります。
修道院の生活は大変でしょうが、大勢の貴族を敵に回し、針のむしろで生きるあなたよりはましでしょう」
僕は母親にも見捨てられ、絶望するしかなかった。
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