2話「誕生日プレゼントと思い出の品」
ライアン様との約束当日、わたくしはいつもの癖で朝早くに目覚めてしまった。
まだ日が昇る前だというのに習慣とは恐ろしい。
ベッドに入っても眠れないので、メイドが来るまで勉強をすることにした。
天文学に古代語、他国の言語や歴史や地理など王子妃になるためには覚えることが多い。
時間はいくらあっても足りない。
朝七時、メイドのリーアがやってきた。
「お嬢様、お休みの日なのに早起きしすぎです」
リーアは勉強しているわたくしを心配して注意してくれた。
リーアは幼少の頃からわたくしに仕えている。だからわたくしの身を案じてたまにお小言を言ってくれるのだ。
「気をつけるわ」
朝食のあとリーアがわたくしの髪をハーフアップにしてくれた。
そして少しだけメイクも施してくれた。
「お嬢様、本当にこの服でいらっしゃるのですか?」
「ええ、昨年のお誕生日にライアン様からプレゼントされた服だもの。
せっかくだから身につけて行きたいわ」
昨年の誕生日にライアン様から贈られたのは、朱色のシュミューズドレス、真紅のフレンチ・ジャケット、洋紅色布張りのフォーマルハットと、真朱のベルト式のハイヒールだ。
「いくら婚約者に自分の髪の色か、瞳の色の服や小物をプレゼントするのが流行っているからと言ってこれは……。
失礼ながら、お嬢様に全然似合っていません。
殿下はお嬢様のことを考えてプレゼントを選んだのでしょうか?」
鏡に映った自分は赤い色づくめで、リーアの言うようにわたくしには似合っていなかった。
「せっかくのライアン様とのデートですもの。
ライアン様から贈られた物を身につけて行きたいわ。
ライアン様だってわたくしがこの服を着てくることを期待しているはずよ。
彼をがっかりさせたくないわ」
「お嬢様がそうおっしゃるなら、わたしは何も申しません」
「リーア、クローゼットの引き出しから宝石箱を持ってきて」
「はい、お嬢様」
リーアが宝石箱をテーブルの上に置いた。
「それダイヤモンドですか?
それにしては輝きが……」
宝石箱の中にはブリリアンカットのダイヤモンドのイヤリングと、ブリリアンカットのネックレス……のイミテーションが入っていた。
「これはイミテーションよ」
「イミテーション?
誰かがお嬢様の部屋に押し入り、宝石と硝子玉を取り替えたということですか?
大変です!
すぐにお城の兵士に……いえそれよりまずは旦那様に……!」
「落ち着いてリーア。
この箱には最初からイミテーションが入っていたの。
すり替えられたわけでも盗まれたわけでもないわ」
「公爵家のご令嬢がなぜイミテーションのアクセサリーを、宝石箱に入れて保管しているんですか?」
「このアクセサリーはわたくしが幼い頃、ライアン様と一緒に城下町を散策したときに、彼からプレゼントされた思い出の品なの。
ライアン様は、
『今日という素敵な日の思い出にこれをプレゼントするよ。
大人になったら本物をプレゼントするね』と言ってアクセサリーをプレゼントしてくださったのよ。
あの頃のライアン様は可愛らしかったわ」
ライアン様からのプレゼントのお礼に、わたくしからは自分の瞳の色と同じ茶色いインクの硝子ペンを送った。
ライアン様は「君の瞳の色と同じインクのペンだね。このペンを君だと思って一生大切にするよ」と言ってはにかんでくださった。
「殿下から頂いた思い出の品だから、お嬢様は大切にされていたのですね」
「そうよ。
イミテーションだからパーティやお茶会には身につけていけなくて、今日まで身につける機会がなかったの。
今日は城下町の散策だし、思い出の品を着けて行くにはぴったりだと思わない?」
「いいアイデアですわ!
お嬢様!」
わたくしはブリリアンカットのダイヤモンドのイヤリングと、ブリリアンカットのネックレスのイミテーションを身に着け、ライアン様との待ち合わせの場所に向かった。
ライアン様をお待たせては行けないと、早めに家を出たら約束の一時間前に着いてしまった。
午前九時、広場は閑散としている。
ライアン様も約束の時間より早く来ることもあり得る。
油断せずに周囲に気を配っておかなくては。
ライアン様は本日、どのようなお洋服をお召しになられているかしら?
ジュストコール? それともお忍び用の庶民の服かしら?
わたくしの瞳の色と同じ琥珀色の服を身に着けて来てくださると嬉しいわ。
そわそわしながら待つこと一時間、約束の時間になった。
広場にはぽつぽつと人が集まり始めていた。
ライアン様は赤い髪をしているから、目立つはず。
でもお忍びだから帽子を被られているかも?
わたしは帽子を被った若い男性を中心に観察した。しかしライアン様らしい人影は見当たらなかった。
約束の時間から三十分経過しても、一時間経過してもライアン様はいらっしゃらなかった。
わたくし、ライアン様との約束の場所を間違えたかしら?
それともライアン様の身に何か良くないことが起きたのかしら?
時間が経過するに連れて、不安が増していく。
広場では待ち合わせしている若い男女が何人かいて、彼らは数分で相手が来て、広場を去って行った。
恋人と腕を組んだり、手を繋いだり、お揃いの服を着たり、皆とても幸せそうだ。
わたくしは複雑な気持ちでその光景を眺めていた。
ライアン様との待ち合わせの時間から三時間経過した。
まだ、ライアン様は現れない。
ライアン様の身に何かあったのかもしれない。
もしくは急用ができて、待ち合わせの場所に来れなくなったのかもしれないわ。
一度お城に使いを送った方が良さそうね。
こんな時のために、わたくしは広場の側に公爵家の馬車を待機させておいた。
わたくしが馬車に戻ろうとしたそのとき……。
「あれ〜〜?
もしかしてソフィーナ様ですか〜〜?」
背後から聞き覚えのある声がした。
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