10話「約束を覚えていなかった僕は、無様に落ちるところまで落ちる」ライアン視点・微ざまぁ・最終話
【ライアン視点】
ソフィーナに婚約解消されたあと、僕の生活は180度変わった。
僕の部屋は城で王に次いで二番目に広い部屋だった。
その部屋から離宮に移動することになった。
僕が使っていた部屋は、弟のハムリンが使うことになった。
王太子に一番近いのは僕ではなく弟だと、城中に伝えているようなものだ。
卒業するまでは僕の王子の身分はそのままだ。
卒業後は僕は王位継承権を剥奪され、準男爵に封じられることが城の内外に知れ渡っている。
今まで僕にすり寄ってきた人間は、蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
使用人も、貴族も、先生も、クラスメートも、あっという間に手のひらを返し、僕から離れて行った。
いや、僕から距離を取るだけの人間はまだいい。
「ごきげんよう。準男爵殿下」
「バカ、よせよ。聞こえるって」
「聞こえても構わないよ。本当のことだろ?」
「それもそうだな、ハハハ」
問題なのは僕に聞こえるように悪口を言う、学園の生徒達だ。
通りすがりに悪口を言われたり、クスクスと笑われることは日常になりつつある。
僕は王位継承権を保持しているからこの程度で済んでいる。
ミリアとガイとロズモンドは、足をかけられたり、私物を破られたり、制服にインクをかけられたり、食事中に頭からゴミをかけられたりしている。
驚くべきことにそれらのことは、彼らが先日まで王子である僕の権力を笠に着て、他の貴族にしていたことだという。
母上のおっしゃる通り、僕は『身分の上下で人を判断しない社会』を作ろうとして、王子の権力を笠に着て暴れる、新種のモンスターを生み出してしまったようだ。
ガイたちに嫌がらせを受けた生徒たちは、彼らが生徒会の仕事の引き継ぎをして、学園を退学するまでの二週間の間に、ガイたちにされたことをやり返しておきたいのだろう。
ガイたちが僕に助けを求めるような目を向けて来たが、僕はそれを無視した。
彼らは二週間でこの地獄から解放されるが、僕は彼らがいなくなったあとも学園に通わなくてはいけない。
準男爵位を賜ってからも彼らとパーティやお茶会で、顔を合わせなくてはいけないんだ。
下手に他の貴族の恨みを買いたくない。
ガイたちは生徒会の引き継ぎもそこそこに学園を退学していった。
新生徒会のメンバーは手分けして仕事をこなし、文化祭も体育祭も成功させた。
生徒たちは現生徒会のメンバーを褒め称え、前生徒会のメンバーの悪口を言って笑い合っていた。
僕は取り巻きや友人を失い、学園で孤立していた。
ソフィーナ……彼女を失っただけで、僕の人生がこんなにも惨めになるなんて思わなかった。
僕との婚約を解消したあと、ソフィーナは学園を自主退学し、帝国の学園に入学してしまった。
アーレント公爵は宰相の職を辞し、親戚に爵位を譲り、家族とともに帝国に移住した。
彼は帝国で、新たに爵位を授かり奥方と娘と共に幸せに暮らしているという。
アーレント元公爵の奥方は、現皇帝の妹だ。現皇帝は妹を溺愛しているとの噂だし、皇帝に頼めば爵位ぐらい貰えるのだろう。
アーレント元公爵の派閥の人間は、みな第二王子の派閥に入った。
僕を支持してくれる貴族は一人もいない。
ソフィーナ、君に会いたいよ。
会って君に謝りたい。
ソフィーナに謝ったら彼女は許してくれるだろうか?
もしかしたら優しい彼女なら、僕と縒りを戻してくれるかも……?
僕がソフィーナと帝国の皇太子の婚約の知らせを聞いたのはこの数か月後。
ソフィーナの婚約を知り、僕の淡い期待は粉々に砕け散った。
それでも諦められなかった僕は、皇太子の婚約披露パーティに呼ばれた弟が風邪で寝込んでいるのを良いことに、父上に内緒で帝国に渡り彼女の婚約披露パーティに出席した。
彼女は皇太子からのプロポーズを、皇帝の圧力に負けて断り切れなかっただけだ。
僕が誠心誠意謝れば、彼女は僕のところに戻ってきてくれる……。
その時の僕はそんな妄想に取り憑かれていた。
結果、見せられたのはお互いの瞳の色の衣服を身に着けた仲睦まじい二人の様子だった……。
ロイヤルブルーのプリンセスラインのドレスを身にまとい、ブルーダイヤモンドのアクセサリーで着飾ったソフィーナは、会場の誰よりも美しく……彼女を地味姫などと罵る人間は一人もいなかった。
皇太子の纏っているジュストコールは、ソフィーナの髪と瞳の色の茶色だったが、彼の高貴さはブラウンの服を纏っても霞むことはなかった。
茶色の服なんか年寄り臭くて嫌だ……そう思っていた自分が恥ずかしい。
皇太子の隣で幸せそうにほほ笑むソフィーナを見て、彼女が僕の隣にいるときあんな風に笑ったことがないことに気づいた。
僕はソフィーナにすがりつき土下座して謝るつもりだったが……幸せそうな彼女を見てそんな気は失せた。
土壇場で思い留まることができ、国の恥を晒さずに済んだことにホッと胸を撫で下ろす。
僕はパーティ会場をあとにし、そのまま自国に戻った。
僕は妄想に囚われるのを止め、弟や大臣や文官や高位の貴族に頭を下げ、彼らの靴の裏を舐め、生き恥をさらしながら生きる道を選んだ。
☆☆☆☆☆
【オマケ】
「あら? 今そこに……」
「どうかしましたかお母様?」
「いいえ、オンデンブルク国にいた時に見た虫と同じ色の虫を見かけた気がしたのですが、私の気の所為だったみたいね」
「お前が見たのは赤い羽根の虫のことか?
わしが同じ虫を見かけたら、ソフィーナの目に止まる前に踏み潰しといてやるから安心しなさい」
「あら、その必要はなさそうですよ。
虫は身の程をわきまえて自分の国に帰ったようですから」
「そうかそれなら、一安心だな」
――終わり――