1話「枯葉色の公爵令嬢」
ライアン様との約束を覚えていたのは私だけ、思い出を大切にしていたのも私だけでした。
「ライアン様、来週の日曜日一緒に秋祭りにいきませんか?」
二学年も半分以上過ぎたある日、わたくしは婚約者に思い切って声をかけた。
ライアン様はこの国の第一王子。
ライアン様は赤い髪に、黄水晶色のレモンイエローの瞳、長身の美青年だ。
ライアン様は生徒会会長を務めているのでとてもお忙しい。
わたくしは王子妃の教育と王子妃の仕事とライアン様に代わり王子の仕事もこなしているので忙しい。
だがライアン様のお母様である側妃様が、秋祭りの日に一日だけお休みをくださった。
「たまにはライアンとデートでもしてきなさい」と言って。
わたくしはライアン様が生徒会室にやって来るのを待って、彼に声をかけた。
「来週?
特に用事もないから構わないが」
ライアン様はそっけなくそう答えてくださった。
「では、十時に時計台広場の噴水の前で待ち合わせいたしましょう」
「ああ、わかった」
わたくしがライアン様との約束を取り付けたそのとき。
「たくっ、公爵家のご令嬢は暇でいいよな。
こっちは来月の文化祭の準備と再来月の体育祭の準備で忙しいのに……!」
「殿下の婚約者のくせに、そんなこともわかんないのかよ!」
生徒会室から男子生徒二人が出てきた。
どうやら彼らは、わたくしがここに来るより前から生徒会室にいたようだ。
ガイ・クッパー男爵令息とロズモンド・カルシュ男爵令息だ。
彼らはわたくしに聞こえるように悪口を言っている。
ライアン様にも二人の悪口は聞こえているはずだが、ライアン様は彼らを注意しようともしない。
「下位貴族や平民にも平等にチャンスを」というライアン様の提案で、今期の生徒会メンバーは下位貴族と平民だけで構成されている。
上位貴族を押しのけ生徒会のメンバーに選ばれたことで、彼らは調子に乗っているのだ。
「ガイもロズモンドも、悪口は良くないわ!」
生徒会室から桃色のふわふわした髪にアクアマリンの瞳の、儚げな雰囲気を纏う少女が出てきた。
彼女の名前はミリア。
平民だが生徒会のメンバーに選ばれた成績優秀な生徒だ。
小柄で見目が良く愛想がいい彼女は男子生徒に人気だ。
「ミリアは優しいな」
「ミリアの方がずっと殿下にふさわしいよ」
カルシュ男爵令息とクッパー男爵令息がミリア様の肩を持つ。
ミリア様はライアン様の横に並ぶように立った。
恋人でも婚約者でもない女性が殿方の隣に立つには近すぎる距離だ。
桃色の髪のミリア様と、赤い髪のライアン様が並ぶと一対の人形のように見える。
二人に比べ、わたくしは栗色の髪に琥珀色の瞳……影で枯葉令嬢と呼ばれているぐらい地味だ。
「ソフィーナ様も殿下の気を引こうとして必死なんですよ」
そう言ってミリアはわたくしの顔を見てくすりと笑った。
「そうなのか?
僕の仕事も手伝わないで放課後はすぐ帰宅するくせに、厚かましいやつだな。
生徒会のメンバーは僕に付き合って居残りまでしてくれているのに」
ライアン様はわたくしを蔑むような眼差しを向ける。
一年前ライアン様が生徒会のメンバーに選ばれた。
そのときライアン様が「生徒会の仕事に専念したい」とおっしゃったので、わたくしは彼が生徒会の仕事に専念できるように、彼の代わりに王子の仕事をこなしている。
だが、彼はそれを忘れてしまっているようだ。
「行きましょうライアン様。
生徒会の仕事を始めなくては、帰りが遅くなってしまうわ」
ミリア様がライアン様の腕に自分の手を添える。
ライアン様はその手を払いのけようとさえしなかった。
二人は腕を組んで生徒会室に入って行った。
「お似合いだよな、あの二人」
「一緒に並ぶと美男美女でまるで一対の人形のようだ。
どっかの地味姫とは大違い」
「止めろよ、地味姫とか枯葉令嬢とか本人の前で失礼だぞ」
「平気だよ。
殿下だってそう言ってるんだから」
クッパー男爵令息とカルシュ男爵令息は、にたにたと嫌味な笑みを浮かべ、わたくしを罵りながら生徒会に入って行った。
「地味姫に枯葉令嬢ですか……」
ライアン様も陰でわたくしのことをそう呼んでいるというの?
それが本当なら彼との関係を考え直さなくてはいけないわね。
それでもわたくしは心の底で、ライアン様を信じていた。
ライアン様はお友達の手前ああ言っているだけで、本当はわたくしのことを大切に思っていてくださると。
一週間後、わたくしはその考えが間違っていたと思い知らされた。