9話 嵐鳥との戦い
戦闘シーン、改変しました
街道から外れた森の中をルシエルとライカは歩いていく。当たりを照らすものは木々の隙間から漏れる月明かりのみだ。
「なぁ、ライカ。お前って戦えるのか?」
「戦えますよ?」
さも当然と言うふうにライカはルシエルの問いに答えた。
「というより、メルシエル家の使用人で戦えない者はおりません」
「...そうなのか?」
嘘です、とライカが静かに言ったのを聞き、ルシエルは自身がからかわれたことを知って、ライカをじとりと睨みつけた。
「ふふっ、そんな怖い顔しないでください。もっといじめたくなります」
「ほんと性格変わりすぎだろ、お前。」
「元からこんなですよ?私...
…と、話の途中ですがモンスターです!」
二人の上に影がかかり、粉塵を巻き起こす暴風が吹き荒れる。それに抗いながらルシエルとライカは空へと視線を上げる。元凶はすぐにわかった。
ギャァァァッ!!
1匹の巨大な鳥。そいつが咆哮をあげながら、二人の方を眼光鋭く睨みつけている。
(ノトスだ...)
リリウムのパーティ加入が死ぬ直前であったため、ゲームの中ではついぞ戦うことは無かったリリウムのエピソードのボスモンスターで、ユーリの死の原因。
風切り音が鳴り響くのを聞き、ルシエルとライカはとっさに近くの大きな木の後ろに飛んだ。直後、ルシエル達が先程までいた場所にノトスの《風刃》が直撃し、もうもうと土煙をたてる。煙が薄れたそこには大穴があいているのが見え、ルシエルの背中を冷たい汗が流れる。
「ライカ...お前、戦えるんだよな?」
「...はい」
「あいつ相手に10秒...いや、5秒もたせることってできるか?」
「勝算があるのですね?」
「ある!」
暴風で声が聞き取りずらい中、ルシエルは力いっぱい叫んだ。その言葉にライカは少し目を見開いたが、8秒ならもたせられます、とルシエルに返した。
「あれは羽の付け根は柔らかい。できるなら、そこを狙って「できます!」...」
そういうや否や、ライカはバチバチという音とともにはるか上空にいるノトスへ突進する。途中です2回ほど空中を蹴ったが、見事にノトスがいる高度までたどり着く。しかし、ノトスの前へと躍り出たことで無防備になったライカの元にノトスの打ち出した無数の《風刃》が殺到した。が、直前でライカの姿が掻き消え、風の刃が彼女を捉えることはなかった。
それに怒りの咆哮を上げノトスが周囲を見渡す。
─次の瞬間。
ノトスの羽の付け根を凄まじい激痛が襲った。
ノトスの背にはライカの姿があった。とんでもない力で殴りつけたのか、彼女の右手からは赤黒い血が滲んでいる。
生まれてこの方感じたこともないような痛みに巨鳥は驚き、絶叫し、そこかしこに無差別に《風刃》を放つ。
その背から落ちるようにして、ライカは地へと戻っていく。
「ルシエル様...8秒経ちましたよ...」
「ああ...あとは任せろ!」
ライカの稼いでくれた時間のおかげで、ルシエルは現状使える最強の魔法を詠唱することができた。
《紡ぎ車の呪い》
ルシエルを起点に黒い輝きを放つ魔法陣が幾重にも展開されていく。そこにダメ押しと言わんばかりにルシエルは全MPを注ぎ込む。
(頼む効いてくれ!)
ノトスに黒い霧のようなものがまとわりついていくと、その瞬間はすぐに訪れた。
上空を飛び回っていたノトスの体が突如ぐらりと傾いていったと思った次の瞬間、ノトスの巨体は大きな音を立てて森の中へと墜落する。その衝撃で地面がわずかに揺れ、ルシエルの体は地面へと崩れ落ちた。が、ルシエルは限界を迎え震える体を叱咤し、急いでライカの元へと向った。
ノトスに一撃を食らわせた後、墜落したライカもまた森の中にいる。
「ライカ!返事をしてくれ!」
叫ぶルシエルの声だけが森の中を不気味に木霊している。脳裏に最悪の想像が過ぎり、即座に頭を振う。そんなことは絶対にありえない、ライカは大丈夫だ、そう己に言い聞かせ、再度森の中を進む。
「...エ...様」
しばらくして、どこからか声が聞こえた。
ライカの声だった。
声のする方へとルシエルは走り出す。
早くライカの元にたどり着きたいのに、ルシエルの小さな体では全くと言っていいほど速度が出ない上、足場の悪い森の中というのもあって、ほとんど転がるようにして声の方へと走っていった。
「ルシエル様!」
一際大きな声が響く。
「ライカッ!大丈夫かっ」
かくしてライカは大きな木の幹に上半身を預けるようにして座り込んでいた。
「...あのモンスターは?」
「大丈夫だ。なんとか眠らせることに成功した」
ルシエルが笑いかければ、安心したようにライカも笑んだ。
「なら、ルシエル様。これを...」
ライカは金色の鞘に収められた小刀を手渡してきた。
「我が家に伝わる家宝です。弱っている今なら、あのモンスターの羽も切り裂くことができるでしょう。あんなにも強力なものがモンスターが街道の近くにいれば、いつか必ず被害が出ます。あなたが望んだのなら、あなたがとどめを刺してください」
手に収められた小刀はルシエルには少し大きく、とても重たかった。
「...わかった」
しばらく月明かりを受け金色に輝く小刀を見つめた後、ルシエルはライカに向けて大きく頷くのだった。