3話 とある幼児の深刻な悩み
紫雲翔一が赤ん坊になってから、早3年。
翔一にはある悩みがあった。
幼児特有の柔い頬をムニムニしながら、翔一は目の前の鏡に映る自身の顔を眺める。
(どっからどう見ても、ファンタジアのルシエルなんだよなぁ)
幼すぎるその容貌にまだ確証はないが、絶対そうだと思う。白い髪とか紫色の瞳はさることながら、少しつり目なところとか引き結ばれた口元とか顔の細部までそっくりなのだ。
このまま育てば、まんまルシエルとなることだろう。
普通なら将来を約束されたような美形に転生できた上に、健康な体まで手に入ったとなれば万々歳なんだろう。だが、このルシエルというキャラクター、それを差し引いてもあまりあるほどの問題をは抱えているのだ。
何を隠そうこのルシエルこそが、翔一がほぼ10年間、毎日心血を注ぎ、文字通り命を捧げたと言っていいRPG『幻想綺譚〜ファンタジア〜』のラスボスなのだ。
(両親からルシエルって呼ばれていたから、まさかとは思ったが...最悪かよ)
ここでルシエルがどんなキャラなのか、説明しようと思う。
本名、ルシエル=メルシエル。
彼はローチェス王国の伯爵家の長男として生まれ、両親に愛され育った同年代の子より大人びてはいたがどこにでもいる普通の子どもだった。
しかし、この幸せは7歳となったルシエルが鑑定の儀を受けたことで崩壊する。
なんとルシエルの職業が魔王だったのだ。
職業はその人性質やら本質やらが反映されていると言われており、ファンタジアの世界で重要視されている事象のひとつだ。職業ひとつで孤児が勇者にまで祭り上げられたのを見ると、相当だろう。
そんな職業の中で最凶最悪と称され、一部じゃ人類の敵とまで言われる忌み嫌われた職業、それが魔王だ。
その魔王だったことが判明したルシエルは、両親からは7歳にして家を追い出され、魔王は悪と言ってはばからない聖勇教会からは毎日のように命を狙われる日々を送ることとなる。
そんな悪意に晒され続けたルシエルが愛に失望し、世界に絶望し、全てを滅ぼそうと考えるようになるまではあまり時間はかからなかった。
こうして、心優しい少年は伝承通りの最悪最凶の魔王になってしまったというわけだ。
ルシエルに成り代わってしまったという事実に翔一は深いため息をつく。
この世界がゲームのままなら、7歳の鑑定の儀までにこの職業をどうにかしなければ、原作通りのめんどくさい事になってしまうだろう。
(どうしたもんか...)
翔一のファンタジアの記憶を漁っても、職業を隠蔽できるものなどは出てこない。ゲームで職業を隠蔽する必要などないのだから、仕方ないちゃ仕方ないだろう。
翔一は再度深く息を吐き、天井を仰ぎ見た。
(初っ端から詰んだなぁ、)
それから少しの間絶望に打ちひしがれていたが、まだ諦めるわけにはいかないか、と翔一は自身の拳を強く握り込む。
せっかくもう一度生きるチャンスを手に入れたなら、是が非でも生き残りたい。もし、なんにも方法が見つからないなら、夜逃げでも何でもしてやろう。
何がなんでも俺は生き続けてやるんだ。
そんな決意を胸に秘めつつ、翔一のルシエルとしての新たな人生が今始まるのだった。