熱戦
イズモ・キョウカに散々な目に逢わされて(私の主観)、茶を飲み終える。
そして鍛錬場に戻ると、ナンブ・リュウゾウはまだイズモ・ダイスケと打ち合っていた。
何本かは小手に竹刀が入っていると思うのだが、審判シロガネ・カグヤは「浅い!」と言って有効打と認めない。
そして後見人とも言えるクサナギ先生も異を唱えない。
「ちょっと待て、兄者!」
「なんじゃい、もう降参かい!」
「そうじゃねぇ、こんな防具なんぞ着けておるから打ちが浅いんじゃ!」
ナンブ・リュウゾウは小手を外し面をとり、胴も脱いでしまった。
それをイズモ・ダイスケもマネていたが、こちらはさらに木刀まで持ち出している。
木刀とはなにか?
稽古用の木製の太刀ではあるのだが、真剣よりも軽く竹刀よりも殺傷力が高い武器、とも言える。
そんな危険な得物を用いて、これから打ち合おうというのだ。
「どうだ、リュウゾウ?」
「そう来なくっちゃ面白くねぇや」
これまで人を斬った回数数知れず、という二人は鬼のような笑みを浮かべた。
そしていざ立ち合うや、今度は互いに動かない。
先程までの積極的な攻防は鳴りをひそめてしまった。
とても良い姿勢で構え、切っ先を交えている。
確かに木刀の先端は、コス……コス……と微妙に音を立てているが、それ以上の動きが無い。
「正中線をどちらが奪うか、という攻防ですな。おそらく勝敗は一打で決まります」
親衛隊士が解説してくれた。
しかし、その予想が外れる。
正中を制したであろうイズモ・ダイスケ。
大きく踏み込んでの一撃!
これをナンブ・リュウゾウが足で外し、下から小手をねらう一撃。
これを読んでいたかイズモ・ダイスケ、八相に構えながらこちらも足で外す。
先程までは竹刀の鳴るパンパンという音がにぎやかであったが、今は絹ずれの音、すり足の音。
そして空を切る太刀の音のみである。
解説役の親衛隊士は、「これはまた……」と呆れたようにもらした。
「真剣実刀を意識した攻防ですな」
「といいますと?」
「真剣で打ち合うと刃こぼれが生じ、ときに刀は折れます。真剣による立ち合いは刀で受けるでなく、足で外すものなのです」
つまりこの立ち合い、二人は真剣による闘いと心得ているということだ。
「あらあら、お兄さまもリュウゾウさまも、大人げのないこと」
微笑むイズモ・キョウカだが、この娘三者の中では一番の年下である。
「なーキョウカー、こんなときキョウカは言うべきセリフがあるんじゃないのかー?」
コゲ茶色のトヨムがのんきに言う。
「あらトヨムさん、わたくしにあの恥ずかしいセリフをおっしゃれと? 二人ともケンカはやめて! わたくしのために争わないでくださいまし! と……」
「だって二人とも、キョウカを巡ってケンカしてんじゃん」
「いえいえトヨムさん。お二方とも、もうわたくしのことなど頭にはありませんわ」
「え〜〜、それじゃキョウカのけ者じゃん!」
「男の子二人でじゃれ合えば、女御のことなど念頭に無くなるものですわ。わたくしもトヨムさんとじゃれじゃれしているときは、何もかも忘れてトヨムさんに没頭してますもの」
「キョウカって真顔で恥ずかしいこと言うよなー」
「それでこそ貴族の娘ですわ」
娘たちの会話をよそに、熱闘は続く。
「くらえっ、隠行の太刀!」
「なんのっ、隠し太刀夜叉車!」
必殺技の名を叫びながらの攻防は、男たちの少年心をくすぐるが、当の本人たちは必死必殺の真剣勝負である。
が、それもやがて終わりとなる。
両者中段に構えたまま、一歩も動けなくなったのである。
ゼェゼェと、肩で息をしていた。
そこへ審判シロガネ・カグヤが「止め!」と割って入ったのだ。
「この勝負、引き分け!」
宣すると同時に、二人とも大の字となった。
試合を見学していた親衛隊、イズモ・キョウカ、それに伯爵さままで、両者に惜しみない拍手を送る。
そしてノロノロと、膝を笑わせながらどうにか立ち上がると礼を交わして下がってくる。
「熱戦でしたな、殿」
「どころじゃねぇよ、見ろ」
袖からのぞく前腕を差し出した。
赤い跡がついている。
「寸ででかわしたが、あっちこっちやられてらぁ。……まったく、貴族の倅にしとくにゃあ勿体ねぇぜ」
それを聞いてアッハッハッと笑うのは、コゲ茶娘のトヨムである。
「ナンブさま、それと同じことキョウカの兄ちゃんも言ってたよ? もちろんあっちもアザだらけさ」
つまり、どこまでも似た者同士な二人なのである。
すると先程私に茶を淹れてくれた執事どのが、いささか慌てた様子で伯爵さまに耳打ち。
「なん、それは真か!?」
そして全員にその場で待っているように命じると、そそくさと出ていってしまった。
「どうしたんでぇ、伯爵さま。俺ぁ早いとこひとっ風呂浴びてぇんだがよ?」
「同感だ、久し振りに義弟の粗末なイチモツ確認したかったんだがな」
ナンブ・リュウゾウの言葉に、イズモ・ダイスケも同調した。
すると鍛錬場の戸が引かれ、伯爵さまが誰かを招き入れた。
執事どのは背筋をピンと伸ばして、声を張った。
「第四王子アーサーさま、御入場ーーっ!」
そう、突然の来客であった。
おそらくはお忍びであろう。
アーサー王子が姿を現したのである。
全身から湯気を立てたまま、稽古着の二人は木刀を後ろにまわし片膝をついた。
私たちは正座したまま礼をする。
「なんということだ!」
王子は悲鳴にも似た声を出す。
「余は世紀の一戦を見逃したというのか!」
不敬ながら、吹き出しそうになる。
「あの野郎、あんなこと言ってやがるぜ、兄者?」
「そうだな、もう一戦やるかい?」
「いや、ベロベロに酔わせてまた裸踊りさせようや」
ナンブ・リュウゾウとイズモ・ダイスケは、アーサー王子に聞こえるように言った。
もちろん執事どのはえっへん! おっほん! と咳払いでたしなめている。
イズモの屋敷にナンブとアーサー王子と……。
今夜はにぎやかな寄るになりそうだ。