男ふたりで……
そして、ナンブ領へ帰還。
あれこれと溜まっていた仕事を片付ける。
除雪部隊の編成。
イズモ〜ナンブ間の道路工事の進展状況。
みちのく屋とたぬき商会の年末売出しの予定と、これまでの売上額。
そして王国フル稼働で制作したキララ銃の到着と支払い。
こと、ナンブ・リュウゾウは自軍の鉄砲隊が完成したことを喜んでいた。
「ヤハラどの、祝杯をあげよう」
仕事が片付くと、ナンブ・リュウゾウはバーボンウイスキーと小さなショットグラスを手に、執務室へ入ってきた。
なにやら語りたいところでもあるのだろうか?
私はいける口ではないのだが、主の胸の裡を察して断ることはしなかった。
「鉄砲隊の結成に」
「鉄砲隊の結成に」
二人でグラスをチンと鳴らす。
執務室は薪ストーブで暖められ、夕暮れの風が窓ガラスをカタカタと鳴らしても、少しも寒くは無かった。
そしてランプの灯りにも温もりがある。
「いよいよ新式鉄砲隊の完成か……。もうナンブ無双流も天神一流も関係なくなるのかな?」
「それはいかがでしょうかな、殿?
剣であれ銃であれ、人間を市に至らしめるには正直、『狂』の一文字が必要かと思われます。確かに私ごときでも人を殺めることのできる道具、それが銃ですが、剣術下手で気合も入っていない私では、人を殺せませぬ。やはり兵というものは、剣術によって肝を鍛えねばなりませぬ」
「まだまだ剣の出番はあるのかね?」
「次の大戦さくらいまでは。しかしそれ以降は、出番というよりも身肝の練磨のため、という程度になるでしょう」
「時代が変わっていくのだな?」
ナンブ・リュウゾウは少しだけ遠くを見つめる眼差しをした。
「こればかりは止められませぬ」
私もバーボンウイスキーをチビリと舐める。
「そういえばヤハラどの、俺は伯爵さまからキョウカどのをテゴメにせよと仰せつかったが……」
思わず口の中のウイスキーを吹き出しそうになる。
なんつー話題転換をするのだ、コイツは……。
「実はな、ヤハラどの。俺は次の戦さが終わるまでは、キョウカどのとまぐわう気は無いのだ」
「ほう?」
「次なる戦さ、必ずしも俺が生きていられるとは限らぬであろう?
トンチキなところを狙った下手の鉄砲玉が、俺の身をたまたま貫くかもしれぬ。あるいは俺よりも剣の上手がいて、そいつに斬られるかもしれん」
どちらも考え難い。
しかし当の本人はそうは思っていないようだ。
ナンブ・リュウゾウは、戦さというものをそのように心得ているのだ。
「よってヤハラどの。俺は万が一のことを考慮して、キョウカどのの操を守っておるのだ」
「なるほど、それは良いお考えです。しかし、世が平らいだ後は?」
「ヤル!」
こりゃまたオブラートに包む気も無いストレートな発言を。
「卒業できんでも学生懐妊であろうともかまわぬ! 何としてでもヤル!」
「お待ちなさい、殿。そこまで申してはなりませぬ。せめて婚姻までは自重してくだされ」
「ならば中退させよと申すのか?」
「キョウカどのにそこまで入れ込んでいるのでしたら」
ムウ、と唸ってナンブ・リュウゾウはグラスのバーボンをグビリ。
「入れ込んで入る。だからこそ中退は避けたいと思う」
「なるほど」
どのような考えあってのことか?
「人はやはりその年齢に相応しい経験を積むべきだと思う。キョウカどのには、まだ娘時代を謳歌してもらいたいと願う」
「そこまで保ちますかな? 殿の理性が……」
「保たせる! 保たせられるだろうか? ……保ってもらいたいなぁ。ま、ちょっと覚悟はしておけ」
保たせる気あるのかよ。
無いだろ、お前。
まあ、それだけぞっこんなのだ、ということはわかる。
主のグラスが空いた。
私は琥珀色の液体を注ぎ込む。
お、スマンなと言って、ナンブ・リュウゾウはグラスを口に運ぶ。
「また話は変わるがな、ヤハラどの」
「今日はずいぶんと饒舌ですな、殿」
「ここのところ忙しかったからな。腹蔵なく話す機会が無かっただろ?」
左様、確かに。
して、ナンブ・リュウゾウの持ち出す話題とは?
「同級生アーサーのことさ」
第四とはいえ一国の王子を捕まえて同級生扱いである。
まあ、ナンブ・リュウゾウにとって王子はそのようなポジションなのだろう。
「俺たち第三軍でずいぶんと持ち上げたが、実際アレは国王になれるのかい?」
「国民人気は頂点に達しておりますが、現実的には厳しいでしょうな。国王陛下が家臣や取り巻きの貴族連中を押し切って、第一継承権を与えねば不可能でしょう」
「そういうものなのか?」
お前貴族の息子だろうが。
っつーかお前自身兄たちを蹴散らしてきただろ?
ただ、ナンブ男爵家と王室というものは格からしてまったく違う。
男爵さまが長男次男に「お前ら出来が悪いから、家督はリュウゾウに継がせるわ」と一言で済ませるようなマネは、王室にはできない。
そもそも王室の秩序を正すために、王室典範なる法律のようなものがある。
王族はそれを無視することはできない。
というか、いかに国王陛下が無理を通そうとしても、公爵侯爵伯爵連中が、この王室典範を持ち出して国王陛下による王室の独裁化を阻止するだろう。
というか、王室というものは国王陛下一人の所有物ではない。
その権威は上級貴族たちにとっても共有財産と考えていいだろう。
もっと俗な言い方をすれば、王位継承者に自分たちの娘を娶らせることができれば、次期国王陛下との太いパイプができるのだ。
余計に国王陛下の一存では決定できなくなる。
それが王位継承権なのだ。
「だとしたら、アーサーにゃ悪いことしたかな? いらねぇ夢見させちまってよ」
王位を継げなかった王子というのは、もはや王室にはいられない。
平民として野に下るしかないのだ。
しかしそれが不幸とは限らない。
アーサー王子は今や英雄なのだ。
そして一度野に下ろうとも、王族であることに変わりは無い。
そう、三人の兄上たちに失態あらば、というか第一王子に失態があれば、野に下った他の王子たちよりも先に玉座に着く可能性もある。
「そのように考えれば、アーサー王子の勝ち目は消失していないとも言えます」
「なかなかに面倒臭いなぁ」
「王族ですゆえ」
私もバーボンウイスキーをチビリといただいた。