かかってくる冬休み
面会時間が終了したようだ。
廊下がにわかに騒々しくなる。
私もアヤコとともに表へ出た。
小憎らしいイズモ・キョウカではあるが、借りを作りたくは無い。
というか、せめて感謝を口にしておかなければ。
満足そうな主、ナンブ・リュウゾウの姿はあるが、イズモ・キョウカの姿は見えない。
「殿! イズモさまはいずこに!」
「おう、ヤハラどの。どうした、血相を変えて」
「は! アヤコより聞きましたこの度の失態。そしてイズモさまによる援助。感謝の言葉を申し上げたく……」
「あぁ、もう良いのだヤハラどの。その件はもう触れずとも良い」
「しかし……」
「よいか、ヤハラどの。家臣であるそなたの失敗は、俺が責任を負うものだ。そうではないか?」
「……………………」
「よって感謝の言葉は俺が存分に述べておいた。男がそう頭を下げるものではない!
キョウカどのも気にしておらんと申していたぞ。それが証拠に、ホレ。ヤハラどのへ文を」
懐から二つ折りの紙を差し出してきた。
開けてみると、娘らしい文字でこう書かれていた。
負債のお支払いはたぬき商会へ♪
……作っちまったじゃねぇか、借り。
きっちり帳簿につけてるじゃねぇか、借り。
これは後からどんな形で支払いを請求されるかわかったモンじゃないぞ。
ただ、ひとつだけ言えることがある。
この支払いは、ナンブ・リュウゾウの損には絶対にならないだろうということだ。
それだけは安心できるのだが、逆に薄気味悪くも思う。
どんな手で私をいたぶってくれるものやら……。
「ほう、今回の件は負債と表現されたか。しかしそれも気にするな。おれが手痛く支払っておいたからな」
「殿、そこまでこの愚臣を……」
思わず目頭が熱くなる。
それほどまでに今回の件を恥じていた。
そしてナンブ・リュウゾウが呟く。
「しばらくの間、おあずけを食ってしまった……」
大変に残念そうだ。
沈痛な面持ちである。
「衣越しとはいえあの小振りな臀部、夢と希望でふくらみつつある胸乳……。しばらくはおあずけだそうじゃ……」
触りまくっとったんかい⁉ 学園施設ン中で!
以前お前ら学生たちにのぞかれとったろーが!
「とはいえヤハラどのには俺なんぞには判らん悩みもあるのだろう。しかしヤハラどの、悩んでいる隙は無いぞ? 学園はもうじき冬休みだ」
急にシリアス……というか、乳尻に触れないと嘆いていたときもシリアスな顔だったが、今のナンブ・リュウゾウは野心に燃える眼差しだ。
なるほど、あの子狸が雪原に解き放たれるのか。
よかったな、タヌキ。
羽を伸ばせよ、タヌキ。
できればそのままコヨーテに食われてしまえば良いのだが。
「何を呆けておるのだ、ヤハラどの? キョウカどのが冬休みを利用して、我がナンブ領を訪れてくれるのだぞ?」
「ということはもてなしの支度をせねばなりませんな」
檻罠、箱罠、くくり罠。
どれにかかってくれるものやら。
「そうだな、俺としては愛刀のシモナガをもうひと振り所望したいのだが……」
「殿、なにゆえもてなしの話題で刀の話が?」
「まだ本調子ではないようだな、ヤハラどの。キョウカどのがナンブ領を訪れるということは、ヤツがついてくるということなのだぞ!」
「……その名は、イズモ・ダイスケ?」
「左様! 俺とキョウカどのの『初めてのきゃあ♡』を邪魔するべく、あの薄らデカイ悪魔がやってくるのだ!」
「いえ殿、キョウカどのはまだ学生ですので、『初めてのきゃあ♡』はお控え願いたいかと……」
「しかし! しかしだぞ、ヤハラどの。俺はキョウカどのの夏休みを忘れ、あれやこれやだったので、キョウカどのの『女』も待ち焦がれておろう!」
「いえ、すべては国のためでしたので、キョウカさまも御納得のことかと……」
「そんなキョウカどのを生誕祭の教会へ誘い出し、良いムードになったところで……」
「教会って、殿。ナンブにあそこの信者はほとんどおらんでしょうが」
「なに、閑古鳥の鳴いた教会でも、ちょいと金にモノを言わせてロウソクの灯火を並べてやりゃぁよ、生娘なんざイチコロだろうよ」
おう、サル。
そこのサル。
お前ぇだよお前ぇ。
学生たちの前であにホザいてやがんだよ、おう。
純情少年たちが前屈みになって、「あぁっ! 僕たちのキョウカさんがっ!」「汚されるんですか! 汚しちゃうんですか!」とか身悶えしてんだろーがよ。
……というか、コゲ茶色の肌をした女子生徒まで、「あぁっ! アタイのキョウカが大人の階段上っちまって、谷山浩子のニャンニャンしてねぇ〜♪ って、誰さその女?」などと錯乱している。
なんなんだろう? この不気味な娘は?
何かこう、得体の知れない何かを感じてしまう。
「で? リュウの字。その約束はもちろん伯爵さまには……」
「クサナギ先生、それはこれから。もしくは事後承諾という手もあります」
「どこの山賊よ、お前ぇあよぉ。さすがに伯爵令嬢を無断で手込めにするのはマズイ。せめて挨拶をいれろ」
いえクサナギ先生、挨拶入れたところで未成年者との『初めてのきゃあ♡』はよろしく無いでしょうが。
「よし! これから伯爵んトコ行って挨拶入れてやろうや!」
「その勢いだけで思考する生き方やめれや!」
いや、これでこの男一匹サル大将が伯爵直々のヤキを入れてもらうのも悪くはない。
ここはひとつ、伯爵の良心に賭けてみるか。
「なんじゃお前! 婚約までしといて事前交渉もまだなんかい! すぐにでも子を作れ! 余をおじいちゃんにせい! 孫は責任が無いから可愛いじゃろうがーーっ!」
伯爵さまの良心、そんなモノは無かったでござるよ。