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失意

私たちナンブ・リュウゾウと親衛隊一行は帰路についた。

とはいっても一直線ではない。

ナンブ・リュウゾウが婚約者のイズモ・キョウカとの逢瀬を楽しむため、学園に寄り道するのだ。


ナンブ・リュウゾウは喜々として面会室へ入ってゆく。

二人きりにしてやるため、私は別室で待機。

親衛隊諸君も廊下で待機している。


「ダンナさま、よろしいでしょうか?」


妻であり忍びであるアヤコの声。

もちろん少しズラした天井板の隙間から届いてきた。


「どうした、アヤコ?」


「イズモ・キョウカさまからの伝言です」


嫌な予感がした。

あのたぬき娘が私に接触してくるなど、どう考えてもロクなことにはならない。


「申せ」


腹を決めてから聞くことにする。


「このたびは格別のお働き、ご苦労さまでした。後始末はわたくしの方で付けておきましたわ。とのことです」


「なに? 後始末」


「はい、騎士団長等などの暗殺は、あの連中は討たれても致し方なしという悪漢卑劣漢という証拠と風評をバラ撒き、仮の下手人まで仕立てておりました」


「ぬ……」


そうだ、私はアーサー王子暗殺計画に対抗することにばかり意識が行っていて、アフターケアに気が行っていなかった。

これでは軍師失格である。


「その上でキョウカさまは……」


「まだあるのか?」


「はい、第一王子に接触。強いコネクションを形成されたようで」


「なんのために!」


いや、訊くまでもない。


「王室情報を直輸入するためかと」


そうだ、その通りである。

殺すのではなく、活かす。

これこそが軍師の戦いではないか……。


それだというのに、私は……。

思わず膝をつく。

ナンブ・リュウゾウとともに戦場を駆け回り、いつの間にか剣の魅力に取り憑かれていたようだ。


すなわち、腕力は万能だとばかりに……。

穴があったら入りたい。

私はダメな男だ。


するとアヤコは私の袴をモゾモゾと解きにかかっていた。


「すまぬ、アヤコ。そのような気分ではない」


「そうでしょうね、ですがキョウカさまからの頼まれ事ですので」


「なんだそれは?」


「貴女のダーリン、可愛らしいボンクラ軍師さまが落ち込むようでしたら、慰めてやってくださいな、と」


もてそばれてるな、私は。


「いいじゃないですか、ダンナさま。ダンナさまは毎日毎日働き詰めで、疲れてらしたんですよ。人間なのですから、こういうこともありますって」


「そうは言うがアヤコ、私は……」


唇を指先でふさがれた。


「いいんですよ、ダンナさま。アヤコはダンナさまよりずっと年下ですけど、たまには年下の女の子に甘えたって。……なにしろ私たちはこれからずっと一緒にいるんですから」


クソ、不甲斐ないやら情けないやら。

そんなだらしない私でも、アヤコは抱きしめて、髪を撫でてくれた。

アヤコの言うとおり、私は疲れていたのかもしれない。


身体の中から疲労が溶け出してゆくのを感じる。


「すまんな、アヤコ……」


「いいんですって」


「腕力は主君であり友であるナンブ・リュウゾウを、危うくただの犯罪者にしてしまうところだったのだ」


「失敗から学べばいいのですよ。誰も彼もが万能な訳じゃありませんから」


そうだ。

人は学ぶものだ。

二度とこのような、腕力に酔い痴れることのないようにと、心に誓う。


心が立ち直りはじめた。

こんなときは、誰かの悪口でも考えるのが、より早く立ち直る手段である。

例えばそう、イズモ・キョウカだ。


なんつー性悪な娘だろうか?

よりにもよって妻であるアヤコに私の失態を伝言するとは。

しかも妻に「私を慰めろ」だと?


お前はナンブ・リュウゾウが失態をやらかして落ち込んでるときに、あの男を慰めたいのか?

……いや、本当に慰めそうだな。

おのれ、そんな光景を想像したらますますあの子狸が巨大な影としてのしかかってくるじゃないか。


あんなのにベッタリとナンブ家に居座られるかと思うと、身がやせ細りそうだ。

しかしヤツが生み出すたぬきマネーは魅力だし、なによりも大将ナンブ・リュウゾウが首ったけなのだ。

難癖をつけて追い出すことさえできぬとは!


いやいや、むしろ返り討ちに逢って私が追い出されるかもしれない。

待て待て、失敗から立ち直るにはさらなる発想の飛躍が必要であろう。

ヤツはどうする?


どう出てくる?

最悪のシナリオを考えるんだ。

ヤツならそう、「私を許した上でナンブ家に残し、イチビリながら使役する」!


これに尽きるだろう。

なるほど、人を斬るよりも面白いシナリオだ。

そうだ、元は私もこういう発想の人種であったはずだ。


それだというのに。

戦さというものは恐ろしい。

剣というものは恐ろしい。


どちらも人を酔わせて虜にする。

そうだな、これからは「仏のヤハラ」と呼ばれるよう心掛けよう。


「……どうなされました、ダンナさま?」


「何がだね、アヤコ」


「急に悪いことを考えている顔になりましたよ?」


仏のヤハラ、早速の躓きである。


次回更新は二日後です。明日は「寿さんの雑記帳」で鬼将軍冒険譚の更新を予定しております。

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