いつもの日常
放課後、僕はいつものように校舎裏に呼び出しを受けていた。
「降太! 今日こそオレのものになれ! オレがお前を幸せにしてやる!」
「悪いけど……やっぱりそれは出来ないよ」
「そうか、だけどオレはお前を諦めないぞ。また来る。考えておいてくれ。」
それだけ言うと彼は背中を向けて立ち去り、その場には僕だけが残された。
彼の名前は真樹剛志。高身長で筋肉隆々、性格が良く頼り甲斐もある。僕を除いた全男子生徒の憧れの的だ。
僕の最近の放課後は、校舎裏で僕が誰かに告白する、もしくは僕が真樹さんに告白される、のパターンが多くを占めている。
彼の愛は広い。男子生徒から受けた告白は全て受け入れている。酷い浮気性の様に思えるが、不思議と彼を好きな男子生徒は不満を持っていない。愛が広いというよりは群れをまとめるボス猿といったイメージの方が強いように思える。
そしてそんなボス猿だからこそ、
「天野! お前よくも真樹さんに恥かかせやがったな!」
真樹さんが校舎裏から立ち去った後で隠れて見ていた体格の良い取り巻きが必ず数人現れ、僕の顔以外を狙って殴る、蹴る。僕に抗うという選択肢は無い。多勢に無勢ということもあるし、僕は体格も良くない。殴り返して期限を損ねるよりも、亀のようにうずくまってやり過ごすのが一番早く終わる。これもいつもの日常の一部だった。
彼らは僕の顔以外を気が済むまで傷め付けると立ち去っていく。
……今日はいつもより早かったかな。
早かったからといって、痛みが少ない訳じゃない。僕は地面に体を横たえたまま目を瞑り、痛みが和らぐのを待つことにした。
「今日もこっぴどくやられたな。ほら、その泥だらけの顔拭けよ」
目を開くと、目の前には差し出されたハンカチ。
顔を上げると、そこには見覚えのある浅黒い顔がある。
「葉月……君?」
「おう」
彼の名前は葉月双憂。真樹さんの取り巻きの一人だ。取り巻きと言っても、彼は僕らを殴った連中とは違い、暴力に訴えるようなことはしない。助けてくれることも無いが、事が済んだあとでこうしてよく介抱してくれる。
おそらく腕力にはそこまで自信が無いのだろう。やや浅黒い肌に長髪を後ろ手に紐でまとめたその相貌は、体格が華奢なこともあり引き締まった、爽やかな印象を与える。真樹さんとは真逆だ。僕とは違う制服を着ている。他校の生徒のようだけど、真樹さんに惹かれて放課後によく真樹さんのところにいるのを見かける事がある。
「お前も粘るね。とりあえず形だけでも真樹さんの告白受けておけよ。殴られる事無くなるぜ? そんなに真樹さんが嫌か?」
「嫌な訳じゃないけど、好きな訳でも無いから。そんな気持ちで告白を受けることなんて出来ないよ」
「告白受けてから徐々に好きになっていけば良いじゃん。真樹さんは今が好きじゃなくても受け入れる度量も、好きにさせてくれる魅力も持ってるぜ」
「それが出来るほど器用だったら良いんだけどね。ハンカチありがとう。帰るよ」
僕は顔の泥を拭ったハンカチを葉月君に返し、その場を後にした。
僕がヘテロだということは言うわけにはいかない。人は自分が当たり前だと思っている事と違うというだけで奇異の目を向ける生き物だ。それが性に関する事なら尚更だ。大人になって社会に出れば状況は少しは違うのかもしれない。だけど、学校という社会性と同調を促す閉鎖的な環境の中で、違うということはそれだけで簡単に差別の対象になり得る。今以上に苛められる事は明白だ。
今優しく接してくれている葉月君でも態度を変えないとは言い切れない。
……僕はこの環境を受け入れるしかないんだ。
いつもの日常は代わり映えすることなく過ぎていく。