ヒロインのような王太子妃がライバルの令嬢に生まれ変わるお話
悪役令嬢もの?
けど、ヒロインが主人公?
もしかしたら誰かが書いているかもというネタかも……
というか、この分野、いつ見ても多くの人が執筆してますよね……
似たのを書いてる人がいたらごめんなさい。
それでも悪役令嬢ものが好きというあなた。安井流悪役令嬢ものをお楽しみください。
ヒロインのような王太子妃がライバルの令嬢に生まれ変わるお話
ちまたには乙女ゲームを題材にしたお話があふれかえっているが、これはそんなテンプレのようなお話の一つ……
「殿下、この書類は一体どういうことなのですか」
王太子と婚姻を結んで半年。
公務にもすっかりなれ、持ち前の高い能力で王国の財政に関する書類の処理を任されるまでになったフランソワーズは、今、王太子に30枚ほどからなる書類の束を突きつけている。
その書類には、王太子の婚約者であったアナスタシア・プラティニア公爵令嬢の無実と、彼女の実家が取り潰される原因となった反乱容疑が冤罪であるばかりでなく、仕組まれたものであることがつまびらかにされており、この事件に王家が関与した証拠となるものだった。
そればかりか、アナスタシア・プラティニアが婚約を破棄される原因となったフランソワーズに対するいじめや嫌がらせ、ひいては殺人未遂すらも、王家の仕組んだ陰謀であることが示されている。
「残念だよフランソワーズ。
君がその書類を見つけてしまうほど優秀だったとは……」
王太子のワールギプス・グランバニアはフランソワーズから書類を受け取り目を通すと、執務机からおもむろに立ち上がる。
「否定されないんですね、殿下……」
「本当に残念だ。
私は君のことをとても愛していたんだがね。
正義感の強い君のことだ。きっと黙ってはいられないんだろうね」
そう言いながらワールギプスは壁に掛けていた装飾用の剣を手に取る。
フランソワーズは生命の危機を感じながらも、引くという選択ができなかった。
というのも、今になって婚約破棄の現場となった王立学園卒業式会場でのアナスタシアの言葉が思い出され、その言葉の意味を理解したからである。
『フラン!
あなたはだまされているわ!
あれは私、アナスタシアがやったことじゃない。
これは謀略よ!』
私に対する嫌がらせや傷害罪、誘拐・殺人未遂などなど、証拠とともに婚約破棄まで告げられたアナスタシア・プラティニアがしばしの沈黙の後にいった言葉だ。
すべてアナスタシアの行ったとされていたことは王子が影の者にやらせていたことで、それは公爵家を取り潰し、その財産や経済基盤を王家が我が物にするためであったのだ。
「真実を知ってしまった今となっては、おまえをこのままにはできない。
真面目なおまえのことだ。
きっと、真実を公表するなどと言い出すのであろう」
剣を構える殿下の言葉に嫌な予感を覚えつつもフランソワーズは毅然と言い放つ。
「罰は罪ある者が受けるものです。
アナスタシア様の冤罪を晴らすことこそが、あのとき気がつけず、何もできなかった私のつとめ……」
フランソワーズが言葉を紡げたのはそこまでだった。
ワールギプスの剣が彼女を袈裟切りに切り裂く。
その場にくずおれるフランソワーズの脳裏に、あの婚約破棄のとき、王子の手勢に取り押さえられて会場から連れ出されるアナスタシアの最後の言葉がよみがえる。
『ああ、なぜ今なの……
せめてもう少し早く思い……』
最後まで聞き取ることができなかったその言葉は、誰に向けてのものだったのだろうか。
大理石の床を真っ赤に染める自身の血だまりへとくずおれながら、フランソワーズは徐々に意識を失っていった。
そういえば、あのときなんでアナスタシア様は私を『フラン』と愛称で呼んだのかしら。
それがフランソワーズの最後の思考であった。
どれくらいの時間が流れたのであろうか。
確かにワールギプスの剣によって切られたはずのフランソワーズは意識を取り戻す。
そこは知らない天井だった。
豪華な装飾が見え、ベッドにはレースの天蓋が施されている。
王城の自室ではないことだけは明らかだ。
「ああぅおぉ」
『ここはどこ』と言おうとしたフランソワーズの口から出たのは、言葉にならない母音の塊だった。
喉までやられたのかと思ったフランソワーズだが、自身の体にすさまじい違和感を覚える。
起き上がろうとしても体がいうことをきかないのだ。
ジタバタともがいたときに、ふと自分の手や腕が目に入る。
なんだこれは……
フランソワーズは当然大人であった。
その手や腕は古今東西でも一二を争うほど美しくしなやかと言われていた。
しかし……
視界に写る自分の手足はとても小さく、まるで幼児、あるいは乳児の手足のようだ。
理解が追いつかない。
しばし呆然としていると、どこかで見たことがあるような金髪で毅然としたたたずまいの若い美女が部屋に入って声をかけてきた。
「あら、アナスタシアちゃん、目が覚めたの?
おなかがすいたのかしら」
その言葉は自分に発されたものであると理解されたが、そこに出てきた名前にはっとする。
『そうだ。
この女性は処刑されたアナスタシア公爵令嬢に似ているのだ。
にもかかわらず、このアナスタシア様に似た女性は自分に向かってアナスタシアちゃんと声をかけてきた。
まさか……』
もともと聡いフランソワーズはここに至って一つの仮説に行き着く。
『私はアナスタシア様に転生した!?』
その仮説が正しいことは、若き日のカール・プラティニア公爵が自分を抱き上げ、父であると伝えながらあやしてくることで確信へと変わる。
『なんということなの……』
フランソワーズは王家の陰謀によって破滅する公爵家へと転生したのだった。
それからのフランソワーズは思うとおりに動けない乳児の体をもどかしく思いながらも、これからのことを考え始めた。
『もし本当に私がアナスタシアになったのならば、なんとしてでもプラティニア公爵家の滅亡を防ぎたい。
それは前世で、知らないこととはいえ王家に助力することになってしまった自分自身の贖罪でもあり、転生前から自覚するほど強かった正義感に動かされてのものでもあるのだろう。
それにしても、私がアナスタシアなのならば、前世でのアナスタシア様は、フランソワーズの記憶をもっていなかったのだろうか。』
そこまで考えて、最後に前世のアナスタシアが衛兵たちに連れ去られながら言った言葉が突然記憶によみがえった。
『ああ、なぜ今なの……
せめてもう少し早く思い……』
『まさか、前世のアナスタシア様はあの婚約破棄の瞬間にフランソワーズの記憶を取り戻したのだろうか……
とすれば、聞き取れなかった言葉の続きは、「思い出せていれば」と続いたのだろう。
そして、今の私は生まれたばかりにも関わらずフランソワーズの記憶を持っている。
まるであのときのアナスタシア様の願いが天に通じたかのごとくに……』
フランソワーズは今の自分に何か大きな運命的な力が働いているように感じずにはいられなかった。
『このアドバンテージは大きいわ。
確か、アナスタシア様は魔法の適性と制御は学園でもトップクラスだったけど、魔力量は少なく、実践レベルでは使えなかったはず。
当時のアナスタシア様は王妃となるのに自分が戦う必要はないと考えていたようで、平民から聖女に選ばれた当時の私、フランソワーズよりも戦う力はなかった。
もちろん女の子だから剣術なども修めてはいない。
けれど、王家と対決する運命なら、戦う力は必要だわ。
幸い今は乳児期。
魔力の総量は幼少期の生活で大きく変わると言われている。
どうせ手足は思うように動かないのだから、この際、魔法を鍛えましょう』
方針が決まるや、フランソワーズ改め、アナスタシアは魔力の鍛錬を始める。
その方法はフランソワーズとして物心つくかつかない頃から孤児院を運営している教会でいやというほどたたき込まれてきた。
ひたすら体内の魔力を循環させ、眠る前には使い切る。
この繰り返しだ。
魔力を循環させることで体内の魔力回路を太く複雑に成長させ、使い切ることでキャパシティーを増大させる。
効果は成長期ほど大きい。
しかし、思考力がある程度成長しないと鍛錬法そのものを実行できない。
その点、今のアナスタシアは前世の意識を引き継いだおかげで問題なく鍛錬できる。
乳児期という人生で最大の成長期に、魔力の鍛錬ができると言うことだ。
『ピンチはチャンス!
せっかく生まれ変わったんだもの。
必ず流れを変えてみせる』
決意も新たに魔力を循環させ、疲れてくれば魔力を使用して枯渇させ眠りにつく。
赤ん坊は一日の大半を眠って過ごすのが普通であるため、アナスタシアのこの鍛錬は誰にも疑われることなく続けられた。
最初は初歩の生活魔法を数度使うことですぐに枯渇していたアナスタシアの魔力量は、日を追うごとに増えていく。
今では魔力を循環させる感覚が、まるで質量のあるものを循環させているがごとく感じられるほどになっている。
『体中の血管をゴリゴリこそぎながら魔力が循環するように感じるわ。
こんなこと、聖女と言われたフランソワーズだったときにすらなかった。
乳児期の魔力鍛錬は効果抜群ということかしら』
アナスタシアは自身の鍛錬の成果に自信を深めつつ、ひたすら魔力を鍛え続ける。
おかげでクリーンの生活魔法だけで魔力を使い切るのは極めてやりにくくなってきている。
あまりの膨大な魔力量に、使い切るまで時間がかかりすぎるようになったのだ。
『もっと魔力を大量に消費する魔法を使えないかしら。
けど、確か前世のアナスタシアは火・水・風・土の四大属性には適性が高かったけど、回復や光、時空などの適性はなかったのよね。
フランソワーズは聖女だけあって聖と光と回復、それに水の魔法の適性が高かった。
こっそり使うなら回復がよかったんだけど、アナスタシアに生まれ変わった今、適性がないのよね……』
さてどうしたものかと考えるアナスタシアだが、前世のポジティブシンキングを引き継いだ今のアナスタシアはダメ元で回復を試して見ることにする。
『そこの虫さんごめんなさいね』
ちょうど折、悪しく通りかかったコガネムシに、アナスタシアは謝りながらも得意の風魔法を発動させ、壁にたたきつけて大けが状態にする。
ろれつが回らない乳児のアナスタシアはもちろん詠唱できるはずもなく、無詠唱での発動だ。
死んでしまうと申し訳ないので多少手加減しようとしたのだが、魔力を鍛えすぎたおかげでかなり予定より強めに風魔法が発動した。
壁に打ち付けられたコガネムシは羽があらぬ方向に曲がってしまっている。
『あら、大変。
このままじゃ死んでしまうわ』
アナスタシアは慌てて回復魔法を全力で使う。
感覚はフランソワーズだったときのものを再現する。
もちろん無詠唱だ。
まばゆい光がコガネムシを包み、あっという間に羽は正常な状態に戻る。
しかし、それだけにはとどまらず、有り余るアナスタシアの魔力を受けたコガネムシは巨大化した。
そのサイズ、実に10センチを超える。
元々2センチくらいしかなかったことを考えると、長さにして5倍、体積にして125倍に巨大化したことになる。
『まずいわね。
こんな巨大なコガネムシが発見されたら、大騒ぎになるかもしれないわ……』
どうしたものかと悩んだアナスタシアだが、そのとき使えそうな魔法を前世の知識の中から思い出す。
『そうだわ、たしか闇魔法に生命力を減衰させるものがあったはず。
過剰回復で生命力を与えすぎて大きくなったんだから、増えすぎた生命力を減らせばいいはずよ』
焦っているアナスタシアに、前世のアナスタシアにもフランソワーズにも闇魔法の適性はなかったことなど気がつくはずもない。
ただひたすら、先ほどの回復魔法と逆の現象を意識して魔法を発動すると、黒っぽい霞が球体となりコガネムシを覆った。
果たして結果は……
元のサイズより少しばかり大きいが、3センチほどまで縮んだコガネムシが闇の霞の中から現れた。
『はあ、なんとか成功ね……
あれ?
私、闇魔法使えた???』
夢中で自分がしでかした結果に思わずフリースするアナスタシアだったが、持ち前の前向きさでそこは乗り切る。
『まあ、結果よければすべてよしよね。
使える手段が増えたことを、ここは純粋に喜びましょう』
その後アナスタシアは、前世で使えなかった属性の魔法も次々と覚えた。
どんどん規格外の力を蓄えつつあるアナスタシアであった。
さて、時間が過ぎて3歳ほどになると、アナスタシアは広い公爵家の庭で棒きれを振り回す元気な女の子へと成長していた。
魔法だけでなく剣術なども鍛えるためである。
練習相手はもっぱら2歳年上の兄、エドモント・プラティニアである。
このエドモントも前世では、父カール、母ラトラシアとともに反乱容疑で処刑された一人である。
「まて、待ってくれアニー。
少し休憩させてくれ」
自身に回復魔法をかけながら棒きれを振り回すアナスタシアの体力について行けるはずもなく2歳年上のエドモントから泣きが入る。
「エディー兄様、時間は有限ですわ。
訓練の時間がもったいなくてよ」
「そんなこと言っても、もう手足が動かないよ」
へたり込むエドモントに手を差し伸べて立ち上がらせようとするアナスタシアだが、エドモントは本当に疲れたのだろう。全身に力が入っていない。
「もう、仕方がありませんね。
ほら、手を出して」
2歳年下のアナスタシアに手をつかまれ無理矢理立ち上がらせられるエドモントであったが、なぜかアナスタシアの手に触れた途端に力が戻ってきたような気がした。
「あれ、立てた?」
自身の身体状態の回復に驚くエドモントに最高の笑顔で棒きれを振り抜くアナスタシア。
エドモントはさっきまでとは比べものにならない素早さでアナスタシアの袈裟切りを後ろへ下がって躱す。
「やればできるじゃないですか、エディー兄さん」
「全く、アニーにはかなわないな。
わかったよ。
体も動くみたいだからもう少し付き合ってあげるよ」
エドモントは何で自分が回復したのかわからなかったが、今までも時々起こっていた現象だったので特に深く考えることなくアナスタシアと棒きれを打ち付けあう。
もちろんこれはアナスタシアが使った回復魔法の効果である。
離れていても発動できるくらいだから、直接腕をつかめば、へたばった兄を回復させる程度、今のアナスタシアにとっては簡単な魔法である。
結局この日は、エドモントにばれることなく回復を繰り返し、午後の時間は目一杯剣術に励んだアナスタシアであった。
月日は流れ、アナスタシアは4歳の誕生日を迎えた。
この頃になると、両親もアナスタシアの異常性にさすがに気づき始める。
2歳年上の兄を上回る体力と女にしておくにはもったいない闘争心。
容赦なく振り下ろされる棒きれでエドモントの脳天をかち割らんばかりの一撃を加えることもあるし、逆に公爵家の令嬢が決して受けてはいけないような一撃を額にもらってしまうこともある。
しかしながら、訓練が終わったとき、アナスタシアもエドモントも全くけがをした様子はない。
いくら子供が非力とは言え、あれだけやり合って無傷とは考えられないのだ。
しかし、まさかたかが4歳の少女が、聖女が使う回復魔法を完全に使いこなしているとは思うはずもなく、父カールと母ラトラシアは真相にたどり着けずにいた。
そして変化はエドモントにも起きていた。
従来エドモント・プラティニアは内向的であり、剣術に秀でた少年ではなかった。
それが、アナスタシアによる強制回復を用いた訓練で、剣術指南役の公爵家護衛隊副長をして、『6歳児とは思えない』と言わしめる腕前となっている。
その6歳児と互角に打ち合うアナスタシアも、今ではこの副長から直々に手ほどきを受け、『女にしておくのは惜しい』と言われているのだ。
しかし、アナスタシアはここで満足していない。
というのも、4歳の誕生日に父であるカール・プラティニア公爵に王家の危険性を説いたのだが、王の実弟であるカールは心から兄王を信頼しており、謀反の嫌疑をかけられて処刑されるかもしれないというアナスタシアの言葉には取り合おうとしなかった。
『もはや私が頑張るしかない』
4歳のアナスタシアは、未来を知っているという異常事態を信用してくれる人間が如何に少ないかを理解するだけの知性も持ち合わせており、結局両親に頼ることを諦め、自身の能力で公爵家を救うために行動することを決意したのだ。
とは言っても、アナスタシアは深窓の令嬢たる自分が如何にして自分自身の目的を達成するか、その方法を簡単には思いつかなかった。
フランソワーズだったときの経験から、今の自分に足りないのは財力であり権力であり信頼できる仲間であることはわかるのだが、4歳という年齢が壁となり、それらを手に入れる方法が思いつかなかった。
『せめて、冒険者として活動できれば、財力だけは手に入るのに……』
前世で学園入学前の12歳から3年間、聖女としての能力を買われて冒険者のパーティーにかり出されたときの収入を思い出し、今現在の自身の年齢を悔やむアナスタシアであったが、思わぬところでヒントをもらうことになる。
庭師をしているバートンが、アナスタシアとエドモントの訓練を見て、3時のおやつの時に感心するように言った言葉……
「あっしも、年齢をごまかして9歳から冒険者として稼いでいやしたが、お二人のように4歳や6歳でそこまで動けやせんでしたぜ」
二人がお茶をしているテーブルの近くの草をむしっていたバートンの言葉に、思わずアナスタシアは反応した。
「バートンさん、冒険者だったんですか?
年齢ってごまかせるの??」
膝を痛めて冒険者を引退した後、公爵家で庭師として働いているバートンは笑いながら教えてくれた。
「年齢制限10歳以上というのは確認の方法がありやせんから、自己申告なんです。
当時、身長が高かった俺は、1歳さばを読んで登録しやしたが、疑われることはありやせんでした。
まあしかし、うっかり本名で登録しちまったんで、あっしの冒険者証は実年齢より1歳上でその後もずっと推移したんですがね。ガハハハh」
偽名で登録しとけばよかったと悪びれることなく豪語するバートンだったが、そのときアナスタシアは別のことを考えていた。
『身長さえごまかせれば冒険者になれる』
思い立ったら彼女の行動早かった。
時空魔法のレビテーションで自在に空を飛べるまでになっていたアナスタシアは、夕食後そうそうに自室に引き上げ、就寝するふりをすると、こっそりためていたお小遣いを握りしめ、窓から夜の町へと飛び立った。
庭師の作業小屋に立ち寄り、小さめの作業服に着替えると、すぐに目的の店に行く。
もちろんそれでも幼いアナスタシアにとって作業服はぶかぶかなのだけど、貴族の夜着で外出するよりはましだ。
閉まりかけた古着屋の扉を勢いよく開けたアナスタシアは店じまいの準備に余念がない店主に向かって言った。
「フード付きローブと義足をください」
「いや、お嬢ちゃん、フード付きローブはあるが義足は扱っていないよ」
当然である。ここは古着屋だ。
「じゃあ、フード付きローブだけでいいです」
勢い込むアナスタシアに、微笑ましいものを見たような優しい表情で、店主はフード付きローブのコーナーからアナスタシアにあいそうな子供用のものを見繕う。
「いや、そんな小さいのじゃなくて、その一番大きいのをください」
「えっ、これかい」
アナスタシアが指さしているのは身長2メートル近い大柄な男性が着ると、ちょうど膝丈くらいまで来るローブだった。
「こいつはちょっとお嬢ちゃんには大きすぎないかい」
「お父さん用のなの。
今使っているのが古くなって使えなくなったって言ってたので、明日の誕生日にプレゼントしたいの」
「ああ、なるほど。
それはお父さんも喜ぶだろうね」
とっさにカールの誕生日をねつ造したアナスタシアだったが、店主は疑うことなくニコニコしながら大きなコートを紙袋に入れてくれた。
「誕生日用のラッピングとかはうちではしていないんだが、いいのかい」
「大丈夫。この後、雑貨屋さんで買っていくから」
ローブを受け取ると、アナスタシアは雑貨屋に急いだ。
しかしそこで彼女が買ったのは、ローブをラッピングするための包装紙やリボンではない。
大きな人形だ。
自分の身長よりも大きなヌイグミと長いモップの柄を二本手に入れたアナスタシアはぬいぐるみの足にモップの柄を取り付けると自身の足をぬいぐるみの首に絡ませ、上からローブを羽織る。
その購入したぬいぐるみに肩車をされているような状態でレビテーションを発動し、モップの柄を操作してぬいぐるみの足を動かすようにする。
これで、傍目には、身長160センチほどの人間が、すっぽりとローブに身を包んだ状態で歩いているように見えないこともない。
「義足が手にはいらなかったのは痛いけど、まあこれならなんとかごまかせそうね」
誰に言うともなくつぶやくと、アナスタシアは一路冒険者ギルドを目指した。
ギルドはその日の依頼を終えた冒険者が、成果を換金し終えて併設のフードコートで飲み食いをしている時間帯であり、酒をたしなんでいる冒険者の明るい声が響いていた。
そこに扉を開けてすっぽりとローブに包まれた怪しげな人物が入っている。
その動きはどこかぎこちなく、異様な雰囲気を醸し出しているが、荒くれ者も多い冒険者ギルドではそれほど注目されることもなく、その人物はガラガラの窓口にたどり着く。
「冒険者登録と夜でもできる依頼を見繕ってもらいたい」
妙に高い声ではあるが、堂々とした口調でその人物は要件を伝える。
「かしこまりました。
それでは必要事項をご記入ください」
受付の20代前半とおぼしき女性が、ギルドの登録用紙を出してくるが、その人物はローブから手を出すことはしない。
「すまないが、無学故、字が書けないのだ。
代筆をお願いしたい」
「かしこまりました。
それではお名前、年齢、戦闘スタイルを言ってください」
冒険者となるものには字を書けないものも多いので、疑うことなく受付嬢はアナスタシアの言葉を信じた。
「名前はアナスタゴラス。
年齢は12歳。
戦闘スタイルは魔法だ」
受付嬢は魔法が使えるのに字が書けないという冒険者に疑問を持つが、特に突っ込むこともなく冒険者情報を記録すると、一枚のマジックカードを差し出す。
「ではこれにあなたの魔力を流してください。
それで登録は完了です。
魔法職でない方は血を一滴垂らしてもよいのですが、魔法職であれば問題ないですね」
そう言ってカウンターに差し出されたカードに、フードの人物は手を伸ばすことはなかったが、置かれたカードは勝手に宙を飛び、ローブの中へと吸い込まれる。
「なっ……
空間魔法ですか!
これは驚きました」
サイコキネシスを魔力で発動できる人間はとても珍しく、受付嬢は自称12歳のこの少年が、そのような希有な魔法を使ったことに驚いたのだ。
もちろん中身が身長1メートルにも満たない4歳の少女だなどとは予想だにしない。
「それで、今からでも受けられる依頼は?」
アナスタシアの言葉に我に返った受付嬢は、手元にある依頼一覧を検索する。
「夜の依頼を受けるには12歳という年齢が心配でしたが、その魔法の腕なら問題ないですね。
今、あるのは墓場のアンデットの討伐と森のナイトウルフの討伐ですね。
アンデットは聖属性魔法や光魔法が使えれば問題ありませんが、それ以外の魔法だとナイトウルフのほうが討伐しやすいでしょう。
最近、夜の仕事は人気がなくて、アンデットは20体ほど、ナイトウルフは30体ほどになっているみたいなので、どちらを受けるにしてもお気をつけください」
「わかった。両方受けよう」
間髪を入れずに即答したアナスタシアに、一瞬驚いた受付嬢だが、彼女の驚きはそれだけでは終わらなかった。
普通であれば、一つの依頼について一晩はかかる依頼を、この人物はわずか2時間ほどで終わらせてきたのである。
どんな魔法を使ったのか気になる受付嬢だが、アンデットやオオカミの魔石と、オオカミの毛皮や肉などを持って帰ってきたローブの人物にその方法を聞くことはなかった。
手の内を聞いてはいけない。それが冒険者へのマナーだからだ。
実際アナスタシアが何をしたかと言えば、ギルドから出た瞬間にレビテーションで空を飛び、まずは墓場のアンデットを聖女の魔法で瞬殺し、そのまま森に近い農耕地に行き、家畜を狙って出てきたオオカミたちを闇魔法で即死させたのである。
ここまでかかった時間はわずかに30分。
その後は風魔法を駆使してオオカミの解体を行ったのだが、これに一時間半ほどかかってしまった。
帰りはギルドの近くにマーキングしておいた転移魔法用魔方陣へ向かって瞬間移動したので、移動時間はゼロに等しい。
4歳にしてすでに規格外の魔法を使うに至っているアナスタシアだったが、本人はこれでも全く足りていないと考えている。
なぜなら、いくら魔力や武力に優れていても、権力の前にはすべてを守り切れるとは思えないからだった。
もちろんアナスタシアが本気で王族の暗殺を狙えば、達成できるかもしれない。
しかしそれは彼女のポリシーが許さないのだ。
持ち前の正義感から、正攻法で王家の陰謀を潰すしかないと考えているアナスタシアに、暗殺の二文字は思いつかないのだった。
かくして、5歳になるまでの1年間で、こっそり冒険者として稼いだ金は城がまるごと買える程になっており、冒険者アナスタゴラスは史上最年少のSランク冒険者となっていた。
13歳でSランクとなった少年が、実は5歳の少女であることに気がつくものは誰もいなかったのはここだけの話である。
5歳になったアナスタシアは計画を次の段階に進めることにした。
前世の自分、フランソワーズの救済である。
これによってタイムパラドックスが起こる可能性もあるが、救えるものなら前世の自分もなんとかしておきたい。
なぜこの時期まで待ったかというと、フランソワーズが聖女の力に目覚めるのがこの年齢であり、フランソワーズの預けられている地方の教会が、彼女を帝都の教会に送ることになる年でもあるからだ。
「お父さま、お小遣いをください」
「おや、珍しいね、アニー。
君がお小遣いをおねだりするなんていつ以来だろう。
何につかうのかな」
「はい、恵まれない子供たちを育ててくれている教会に寄付したいと思います」
めったに甘えることのないアナスタシアが突然執務室に来ておねだりを始めたとき、かなり驚いたカール・プラティニア公爵だったが、その内容にさらに驚くとともに、5歳にして貴族としての責務を自覚している娘に感激する。
「それはとてもいい心がけだけど、大人になって自分で収入を得られるようになってからでもいいのではないかな」
娘の心がけは素晴らしいが、ねだったお金で寄付をすることが正しいのかどうかまで厳格に教えたいカール・プラティニア公爵は心を鬼にしてアナスタシアに正論を告げる。
実は商売で成功している父親程ではないまでも、冒険者として自由に使える金には困っていないアナスタシアが、面と向かっておねだりしたのは、お金が欲しかったのではなく、昼間に公式な立場で教会に行く許可が欲しかったからである。
父のこの返答も可能性といて織り込み済みのアナスタシアは、落ち着いて次の言葉を発する。
「それなら、教会に慰問に行くことをお許しください。
お金の寄付はまだ稼げていない私には不相応でも、ボランティアとしてお手伝いすることはできると思います」
娘の5歳とは思えない物言いに感激しつつ、それならばとカール・プラティニア公爵は許可を与える。
もちろん寄付金も添えるが、それはアナスタシアからではなく、あくまでも公爵家からということで、明確に区別してではあるが……
何にしても、教会にとっては金の出所がアナスタシアだろうが公爵家だろうが、どちらでももらえること自体がありがたいので問題ない。
かくしてアナスタシアは慰問と称して教会を訪れ、そこで昨日この教会に着いたばかりで他の子供たちになじめないでいる聖女候補のフランソワーズに計画通り遭遇するのであった。
「こんにちは、聖女様。
私はアナスタシアといいます。
ボランティア活動しに来たんですけど、よかったらお話ししませんか」
子供たちの輪には入れず隅っこで小さくなっている前世の自分にアナスタシアは話しかけた。
「聖女だなんて、わからないわ……
ごめんなさい」
『そうだった。
野良犬の怪我をたまたま治しているのが教会にばれて、王都の総本山に送られたとき、私は自分の力を把握し切れていなくて疑心暗鬼になり、何事にも消極的になっていたんだったわ』
過去の自分の状態を思い出したアナスタシアは少し考えてから、フランソワーズに声をかける。
「大丈夫よ、あなたは間違いなく聖女様だわ。
私が保証する。
もし自信がないのなら、私とお友達になってくださらない。
私も魔法には少し自信があるから、力になれることがきっとあると思うわ」
「本当?
もし本当ならうれしいわ」
あまりにも自信たっぷりに堂々と言い切るアナスタシアの様子に、フランソワーズは惹かれているのだろうか。話に乗ってくる。
『そうよね、この時期同年代で協力してくれるお友達が欲しかったのよね、私は……
こう言えば必ず乗ってくると思っていたわ』
さすがに過去の自分のことは一番わかっているアナスタシアである。
「よかった。それじゃあこれから私たちはお友達ね。
私はアナスタシア、親しい人はアニーと呼ぶの。
よろしくね」
「こちらこそ
私はフランソワーズ、フランって呼んでね」
アナスタシアの身分を知らないフランソワーズは活動的な服装でボランティアに来たアナスタシアが公爵家の令嬢などとはつゆ知らず、敬語を使わずに会話するが、アナスタシアにとっては過去の自分から敬語を使われることの方が違和感があるので現状をよしとする。
「それじゃあフラン、早速魔法の練習法を教えるわね」
アナスタシアはその日、かつての自分が躓いたところを意識しながら、魔力回路の拡充法と魔力量の増量法をフランソワーズに伝えた。
そして、週に2度程、フランソワーズに自宅へ来てもらって一緒に訓練する約束を取り付けたのである。
教会慰問の三日後に、改めてアナスタシアはフランソワーズを迎えに行き、一緒に自宅へ帰って魔法の訓練をしたのだが、そこで初めてフランソワーズはアナスタシアが公爵家の令嬢であると気づき、めちゃくちゃ戸惑うのだった。
いきなり敬語にしようとしたフランソワーズに対して、今まで通りの言葉遣いをするよう強要し、権力という名の強制力で無理矢理納得させることになったアナスタシアであったが、二人が真の親友となるのにそれほど時間はかからなかった。
何せ前世の自分なのだから、アナスタシアにとってフランソワーズを丸め込むのは赤子の手をひねるよりも容易いことなのだ。
6歳の誕生日を迎えると、アナスタシアは次の段階を考え始める。
それはズバリ、金儲けである。
経済力はアナスタシアの計画にとって欠かすことができない力なのだ。
冒険者としての蓄財はすでに小さな貴族家の財産に匹敵する程になりつつあるアナスタシアだが、ここで手を緩めるつもりはさらさらない。
これまでためた金を元手にさらなる資金を手に入れるつもりなのだ。
アナスタシアが考えた金儲け……
それはズバリ、交易商人である。
今まで稼いだ金で安くものを仕入れ、高く売れるところへ運んで利潤を得る。
手間と時間が普通ならかかるこの方法は、魔法を極めたアナスタシアにかかれば片手間にパパッとできる金儲けに変わるのである。
アナスタシアは、まずアナスタゴラスとしての活動時間に全力で世界を飛び回り、至る所に転移の魔方陣を設置した。
二時間で飛べるとこまで飛び、そこに魔方陣を設置する。
翌日はその魔方陣から出発し、さらに二時間の飛行距離のところに魔方陣を設置する。
そのようにして築き上げた転移魔方陣ネットワークは半年もすると世界中180カ所を超えた。
この転移網を利用し、アナスタゴラス自らが各地を飛び回って商品を転売する。
海岸からの海産物を内陸部に届ける。
資源国から鉱石を買い取り、必要な国に売りさばく。
こうしてアナスタシアの財産は瞬く間に膨れ上がり、もはや小さな国家規模と呼べる程まで、一年を待たずして到達した。
これで金の心配はない。
山中の秘密基地に山積みされた金貨を見つめながら、アナスタシアは一人ほくそ笑んだ。
前世の記憶通り、王家は公爵家の財産を狙って行動を開始する。
学園入学の一年前、アナスタシアが14歳の時、ついに王太子のワールギプス・グランバニアとの婚約が結ばれる。
以前から王太子との婚約はしたくないと父のカールに言い続けていたアナスタシアであったが、王家の強い意向に逆らうことができず、カールは娘と王太子の婚約を了承してしまう。
「これが歴史の強制力かしら。
けど、前回と全く同じとはいかなくてよ」
不本意な婚約にめげることなく、改めて運命を変える決意を強くするアナスタシアであった。
そして、学園入学。
フランソワーズへのいじめ。
前回と同じことが繰り返されていくが、そんな中、確実に違っていることもある。
それはフランソワーズとアナスタシアが親友であると言うことだ。
二人の友情は身分違いのため公爵家と教会のみが知る秘匿事項であり、アナスタシアの最大級の警戒によって王家にも知られていない。
そんな中、アナスタシアの名義で繰り返されるいじめの数々。
前世のフランソワーズは王太子にだまされて、本当にそれがアナスタシアの仕業だと信じ切っていたが今回は違う。
「ねえ、アニー。
また私の教科書が汚されて、トニア様があなたの犯行だってチクってきたわよ」
「はあ、全く何の恨みで私のせいにしようとするのかしら。
私がフランをいじめるなんてあり得ないじゃない」
「全くよ。
それにしてもあなたが言ったとおりになってきたわね。
アニー、今すぐとは言わないけど、なんであなたがこの事態を予測できたのか教えてくれるわよね」
「そうね。
けどそれは多分信じられないようなお話になるわよ。
私はあなたに信じてもらえなくなるような話は例え事実でもしたくないのよ、フラン」
「まあ、私がアニーの言葉を信じないなんてことあり得ないわ。
今の私があるのはあなたのおかげなのよアニー。
でもいいわ、あなたが話してもいいと思えるまで私は待つわ」
「ありがとう、フラン」
5歳の頃から変わることなく続けられている週に2回の共同訓練が終わったあと、アナスタシアとフランソワーズはストレッチで体をほぐしながら話している。
当初は魔法の訓練が中心だった二人だが、アナスタシアが武術の訓練もしていることを知ったフランソワーズが、自分もすると言ってくるのに時間はかからなかった。
これも前世にはなかったことだとアナスタシアは思う。
フランソワーズとの会話から、誰が王家の手先か慎重に見極める。
プラティニア公爵家を陥れて、その財産を我が物としようとしているのは、王家のみではなく、国の約半数の貴族が絡んでいると突き止めるまでに2年の時間を要した。
その時点で、後一年後にはアナスタシアの断罪と冤罪によるプラティニア公爵家の取り潰しが行われる。
そしてこの時点でアナスタシアはSランク冒険者アナスタゴラスとして最後の仕掛けを実行する。
蓄えた財産と依頼を通して知り合った人脈を駆使して、国内の王家に与していない貴族や、他国の有力者に、グランバニア王家の不正をリークしていったのだ。
そこにはもちろん、未だこの時間軸ではどこに秘蔵されているのかわからない不正資料の内容も含まれる。
アナスタシアがフランソワーズとして殺される直前に入手した資料の内容だ。
そしてついにその日が訪れた。
学園の卒業パーティーの日だ。
前日の夜にフランソワーズへすべてを打ち明け、これから起こるであろう茶番劇をどうひっくり返すか計画が決まった。
そして舞台はパーティー会場へ……
計画通り、フランソワーズはあえて知らないふりをして王子の後ろに控えている。
ワールギプスは会が一番盛り上がった閉会直前、ついに断罪を始めた。
「アナスタシア・プラティニア。
貴様の悪行の数々、もはや許してはおけぬ。
貴様のフランソワーズへのいじめの数々。
もはや犯罪と言うしかない」
ああ、やはり始まってしまったとアナスタシアは思う。
しかし、前回のアナスタシアと同じにするわけにはいかない。
正義は明らかにされなければいけないのだ。
たとえそれが、この国のあり方を変えることとなっても……
こんな腐った王家ならない方がいい……
王家の横暴、それを許してはいけない。
アナスタシアは覚悟を決めて口を開く。
「やはり始めてしまいましたのね、ワールギプス様。
あなたがねつ造した証拠を持っていることも存じておりますが、あなたの持つ証拠に真実はありませんことよ」
今から証拠を突きつけて一気に流れを持ってこようとしていたワールギプスは、己の手の内を読んできたアナスタシアの言葉に一瞬戸惑うが、もはやサイは投げられたのだ。
引き返すことはできない。
「だまれ、アナスタシア。
貴様の悪事はこの証拠が物語っている。
もはや言い逃れはできぬぞ。
フランソワーズに対する殺人未遂で貴様を拘束する。
衛兵ども、この犯罪者を捕縛せよ」
「お待ちください」
王太子の捕縛命令が出た瞬間、それを遮る声が王太子の後ろからする。
一体誰だと振り返った王太子は、あり得ないものをそこに見る。
本来は彼の影に隠れて震えているはずの聖女フランソワーズが、キリリとした表情で背筋を伸ばし、鋭い目つきでワールギプスを見ながら言葉を発していた。
「捕まるべきはアナスタシア様ではありません」
「なに、どういうことだフラン。
おまえをいじめていたのはアナスタシアだと言ったであろう」
「それは誰が言ったのですか?
少なくとも私は言っておりません」
「そんなはずがあるか!
トニア嬢やサルティナ嬢がアナスタシアの犯行だとおまえに伝えたはずだ」
「そうですね。
でも私が見たわけではない。
彼女らの証言以外、アナスタシア様の犯行を裏付ける物的証拠はない。
それにしても、殿下?
なぜその二人が私にアナスタシア様の犯行だと告げたことを知っているのですか」
思わぬところから出てきた反撃に、ワールギプスは一瞬言葉を詰まらせる。
「それは……
おまえのためを思って私が調べ上げたから知っているに決まっているだろ」
「あら、そうでしたの。
私はてっきり、殿下自らが指示してやらせ、アナスタシア様の犯行に見せかけるために行ったから知っていたのかと思っていました」
「なっ」
真実を言い当てられたワールギプスは今度こそ言葉を失う。
フランソワーズの言葉と態度は確信に満ちており、どこでこの計画が漏れたのかはわからないが、彼女が真実に気づいてしまっていることは間違いない。
ワールギプスが一瞬硬直しているうちに、フランソワーズはアナスタシアの方へと移動し、二人は直立のまま王太子をにらみつけた。
「ええい、王家に逆らうとは、おまえたち覚悟はできているのあろうな。
もはや聖女だろうが公爵家の令嬢だろうが関係ない。
者ども、この二人を捕縛せよ」
狂ったようにワールギプスがわめき、王子の命に訳はわからないが従うしかないと衛兵たちが動き出すそのタイミングで、今度はアナスタシアが動いた。
彼女が右手をあげると、そこに空間のゆがみが生じ、中から使い古されたフード付きのローブが出てくる。
アナスタシアは時空魔法のアイテムボックスから取り出したそのローブを身にまとうと、冒険者アナスタゴラスとしての顔を初めて衆目にさらした。
「アナスタシアとしての言葉が信じられないというなら、これでどうですか殿下。
私のもう一つの顔はSランク冒険者アナスタゴラス。
我が名の下に真実を伝えた人々よ、真に断罪されるべき犯罪者をここに示せ」
ワールギプスの息がかかったものたちは、ここに至って動くことができなくなった。
アナスタゴラスがこの13年で築いた伝説は、心に迷いがある人々を動けなくするのに十分なものだった。
『二時間の絶対者』『不可能を討伐するもの』『彼の通った道に生き残った悪人はいない』
アナスタゴラスの伝説や二つ名は片手で収まりきれない程になっている。
そして、心にやましいことがない人々は、秘密裏にアナスタゴラスから提供された証拠を下に、ある一人の人物を一斉に指さした。
ここにワールギプスのもくろみは潰え、王家は実弟の公爵家に対する陰謀を暴かれてその権威を失墜させた。
結局、グラバニア王家はここに潰え、王弟であったカール・プラティニア公爵がプラティニア王家を起こし国を安定させることになった。
初代国王はカール・プラティニア、二代目国王はエドモント・プラティニアが務め、エドモンドの隣には王妃フランソワーズが末永く寄り添った。
アナスタシア・プラティニアは影から王家を支えたが、貴族のしがらみを嫌い、主に冒険者として活躍する道を選ぶ。
彼女が結婚したかどうかはプラティニア王家に記録がなく、騒乱から数年後、新王国が落ち着いた頃には他国へ渡り、そこで名を変えて活躍したのではないかと言われている。
グランバニアの政変から30年がたった日、王妃フランソワーズに冒険者アナスタンを名乗るものからの手紙が届く。
その名を聞いた瞬間にある人物を思い浮かべた王妃は、すぐにその手紙を読むと懐かしそうに言葉を紡いだ。
「安心して。
私があなたになっても、きっとあなたと同じ道を歩むわ。
決して道を間違えたりしない」
誰に言うともなく発せられた王妃の言葉を、夫であるエドモンドは不思議そうに聞いていたが、あえてその意味を問いただすことはなかったという。
(終わり)
連載ものが行き詰まってるとき、昔書きかけた令嬢ものがあったなとふと思いだして書いた作品です。
なんとか最後まで書き切りました。
よかったら感想や評価をお願いします。(連載版始めました。そちらもよろしくお願いします)
【10月28日追記】
誤字報告ありがとうございました。早速修正しました。
ブックマーク・評価いただいた方々。本当にありがとうございます。励みになります。
引き続き皆様方のご支援に答えられるよう頑張りたいと思います。
【10月29日追記】
冒頭の主述の関係がゆがんでいた文章を修正しました。
ブックマーク・評価いただいた方々、ありがとうございます。とても励みになります。
引き続きよろしくお願います。