6 女領主のプレゼント
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「あああああ、ねぇ私上から目線すぎなかった!? 嫌な女とか氷の女とか思われていたらどうしよう!」
マリアがタクトに家庭教師を紹介している頃、屋敷の執務室ではヴィオラの嘆きが木霊していた。内容は、今朝の朝食時のことだ。
端的に言えば「推しに嫌われたくない」それだけのことである。
タクトと出会ってからというもの、ヴィオラは仕事前に盛大に嘆くことがもはや日課となっていた。主の奇行にはもはや慣れっこになっているガーネンシア家の実務メンバーは総スルー。セバスが代表して相手をしていた。
「落ち着いてください、お嬢様。世間の評価は大体そんなものでございます」
相手をするというよりも、これはもはやおちょくっているとも言えるかもしれない。とんだ部下であるが、それがセバスという人物なのだから仕方がない。
しかも、世間の評価が氷の女とかいうこと自体は事実である。
現代日本ナイズされた合理的なヴィオラのやり方は、この世界では人情がない・貴族的でないなどの批判をたらふく受けているのだ。
貴族は優雅であれ、余裕を見せつけろという風潮それ自体はヴィオラは否定しない。
が、先立つものがなければ優雅もへったくれもないのだ。他の領地の経営状態などはさっぱりわからないが、少なくともこのガーネンシア領は領主が先頭に立ってあくせく働かなければ、皆に富が行き渡らないのである。領主の仕事は領民が健やかに暮らせること、と考えているので周囲の雑音などどうということはないのだ。
ただし、タクトからの評価だけは違う。
「世間なんかどーでもいいのよぉ!
タクトくんに嫌われたらどうしよううううう」
ちなみにだが、ヴィオラは自分の領地であるガーネンシア領において今のところかなりの人気を得ていたりする。まだまだ発展途上とはいえ、ヴィオラの合理主義のおかげでガーネンシア領は税も高くはなく治安も向上しているためだ。自治体満足度アンケートでもとったらかなり上位に食い込むだろう。そんなものはこの世界にないが。
「少なくとも彼は帰る家もございませんから、お嬢様を嫌ったところでここにいるしかないのでは?」
「そんな権力振りかざして縛り付けるの嫌なんだってばぁ!
セバス、私で遊んでるわね!?」
「とんでもございません、お嬢様」
この性悪腹黒執事が本当のことを言うわけがない。それでも、ヴィオラは嘆かずにはいられなかった。
誰が好きこのんで推しに非道を押し付けたいと思うのか。私は極悪非道の悪役令嬢や鬼畜上等なモブおじではないのだ、と声を大にしてヴィオラは言いたい。言ったところでいつもの奇行とスルーされてしまうのが目に見えているので言わないが。
それでも、タクトの転校はガーネンシア家にとって必須事項だ。
本当に心苦しいことだが、侯爵家としてタクトを現在の学校に通わせておくことはできなかった。何せあまりにも格が違う。ヴィオラがいくら評判を気にしない破天荒な女領主と言えども、乗り越えられない世間様の壁というのはある。
その一つが、現在婚約者となったタクトの格だ。
一代貴族の息子というのはヴィオラの婚約者としてギリギリセーフだ。最悪一度どこかの貴族の養子となってもらい、それから娶ればいい。それで体裁は整う。
だが、学校が完全にアウトだった。貴族が見栄のために通わせるだけの三流学校出身。学業優秀で研究所からのスカウトがくるレベルならともかく、タクトは本当に見栄のためだけに通わされていたため成績も芳しくない。これでは社交界に行った際に良い口撃の的になってしまう。
ヴィオラ自身は構わないし、なんなら社交界自体欠席したろかい、という心意気なのだがそうはセバスが許してくれない。貴族にとっては社交も大事なお仕事の一つなのだ。
故に、彼には転校してもらう他ない。
「今から家庭教師つけて編入試験って相当しんどいわよね。
あー、可哀想なことしてるー…」
「それでも彼が学生の身分であることは、彼を守るためにも必須事項でしょう。
まだ学生の身なので学業を優先したいという建前で大半の社交は断れますから。王家からの招待となればまた別ですがね」
「編入試験も大事だけど社交界のマナーも重要よね…。
むしろ直接的被害はそっちの方が大きいかも」
ぶっちゃけてしまえば侯爵家の名前を出せば編入試験はどうとでもなる。セバスから聞いたときは「権力に任せた裏口入学かよ!」とツッコミもしたが、タクトのためならば裏口だろうがなんだろうが構いはしない。
ただ、彼が辛い思いをしそうなのが嫌なのだ。
あの学校はヴィオラにとっては心地よい空間だった。そりゃそうだろう。
当時のヴィオラはマナーも完璧な生粋の上流階級のお嬢様だったのだ。のほほんと生きていた当時のヴィオラの目には家の格による差別なども目にしたことがなく、優雅で暖かで望めばいくらでも勉強ができる環境。
しかしながら、それはヴィオラが侯爵家令嬢だったからだ。
どんな学校にもいじめはあるし、貴族の学校となれば将来の社交界を生き抜くための駆け引きもある。そんな場所にタクトを放り込まねばならないのだ。
実家から守るためにタクトを婚約者として屋敷に呼び寄せたのに、今現在辛い思いをさせているのはヴィオラ自身であるという事実がしんどい。
「そこはタクト様のやる気次第でしょうが…。
彼もあの実家には帰りたくないでしょう。相当ごねられましたから」
「セバスが手を焼くってどんだけ…」
「言語が通じない人間との交渉は難しいものです」
「辛辣ぅ…」
「ところでお嬢様。仕事の手が止まっています」
先の会議のお陰で無駄な仕事はかなり減ったものの、それでも領主としてしなければいけない書類仕事は他にもわんさかある。他の領主もこの量をこなしているのか、と尊敬の念を抱いてしまう。
実際のところ、優秀な部下に丸投げしている領主も結構いるのだがヴィオラはその実態を知らない。
「はぁ。仕事仕事で悩む暇がないっていうのは、ある意味でいいことなのかもしれないけどね」
「タクト様への待遇をそこまで気にするのでしたら、休憩時間に何か贈り物を考えてはいかがですか?」
「あ、それいいわね!」
ゲームの世界では、新密度をあげるには贈り物をあげるということはもはや王道だ。
もちろん現実であるこの世界では一筋縄ではいかないかもしれないが、それでもやらないよりはマシである。
「重ねて言わせていただきますが、あくまでも休憩時間に、です。
まずは目の前の書類をすべて片付けてください」
「うへえ、やりまーす」
実際問題、キチンとやらなければ領内の民が困る案件ばかり。前のヴィオラがこの重責に耐えられなかったというのはわかる気がする。この数字の羅列はすべて人の命に関わることなのだ。領主として、慎重な判断を下さなければならない。
ヴィオラのもとに上がってくる書類はセバスを筆頭に優秀な部下たちが検閲しているため、あとはヴィオラが判断を下すのみとなっているものばかり。黙々と目を通し、判断を下す。判断を下す材料が足りない場合はその旨を付け加えてつっかえす。その繰り返しだ。
満足のいく贈り物を探すためには最低でもここにある仕事を全部片付けなければならない。そうでなければ十分な休憩時間はとれないだろう。それだけを支えに、昼の休憩時間だと告げられるまで仕事に没頭した。
その甲斐あって、仕事はほとんど片付いた。
「ど、どうよ…終わらせてやったわよ」
「えぇ、中々の集中力でしたね。この分なら残りも午後少し頑張れば終わるでしょう。
その後贈り物選考のために時間を割いてもよろしゅうございますよ。
…と、言いたいところだったのですが」
「えっ…なに? なんかトラブった?」
不穏なセバスの言い回しに嫌な予感がビンビンする。
「こちらを」
セバスから手渡されたのは検閲済みの手紙だった。
だが、封蝋を見れば大体のことが察せられる。
「…王家からの、お手紙」
「さようでございます」
「み、みたくなーい!」
いくらガーネンシア家の位が高いと言っても、無視できない相手はいくつもある。その筆頭がこの国の王家だ。よほどの理不尽でない限りは突っぱねることはできない。ちなみに先代であるヴィオラの父は、王家の一族とヴィオラの結婚話を蹴り飛ばしたのだが、それはそれだ。
いくら見たくないと抵抗しても、まだまだ女領主としての経験も浅いヴィオラは無視できない。渋々中身に目を通す。
「…私の婚約のお祝いパーティ…ですって!?」
「えぇ、王家…といっても分家の方ですが。
直々に認めてくださる、という意味も込められているのでしょうね。裏では何を考えているかわかりませんが」
「…裏があろうとも、どー考えても断れないヤツ」
「さようでございます」
「仕事とか贈り物考えてる場合じゃなくない!?」
「さようでございます」
「さようでございますばっかり言ってんじゃないわよ!
うっそでしょ? 日程おかしくない?
無茶ぶりにもほどがあるわよ!」
王家からしてみれば、ヴィオラはずっと婚約話を袖にしてきたご令嬢である。その彼女が婚約者を決めたとなれば顔の一つや二つも見てみたくなるのはわかる。
一応内々のお祝いとのことだが、王家の内々ともなればそうそうたる顔ぶれが揃うことはまず間違いない。
「私はまだいいわよ。王家の無茶ぶりは、まぁそういうものだもの。
でも、タクトくん可哀想すぎでは?
今からマナーとか…間に合うと思う?」
パーティを今から準備すること。それと、一応内々のパーティであること。そして先程目を通した文面から察するに、会食形式ではないことが窺える。それだけでも多少はホッとする。ヴィオラ自身もガチガチの会食テーブルマナーなどはあまり自信がないからだ。それをタクトくんに今求めるのは酷もいいところである。
とはいえ、ガチガチテーブルマナーからは逃れられたとしても、ダンスやその他の貴族の一般的なマナーは覚えてもらわねばならなかった。
「…彼の努力次第、としか。
しかし、何度か話した感じではあの家の人間とは思えないまっすぐな少年ですので…」
「まっすぐでピュアな少年が王家に汚されてしまうー…」
不敬に不敬を重ねた発言だが、本音だ。
そもそも王家なんて陰謀ドロドロの世界というのがお決まりである。前世の男の出世競争なんか鼻くそみたいなものだ。
「でも断れないなら用意するしかないわね。
とりあえずパーティ用の服を一式仕立ててしまいましょう。私も彼と揃いにするわ」
「了解いたしました。
では、タクト様にもそのように伝えてまいります」
「よろしくね。
私は残りの時間でこのあたりの仕事全部やっつけるわ」
ヴィオラの言葉を合図にしたように、部屋にいる全員が動き出す。
「似合う服はいずれプレゼントしようと思ってたけど、まだ早いわよぉ…。
空気読みなさいよね王家の大馬鹿者…」
思わず漏れでたヴィオラの王家への恨み節を、聞かなかったことにしてくれる優秀な部下たちのお陰で、仕事に穴を開けるような事態だけは避けられた。
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