4 女領主と婚約者
9月16日日間恋愛異世界転生/転移ランキング167位にランクインできました!
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ガーネンシア家の朝の様子は今までと一変した。
ガーネンシア家の女領主であるヴィオラは、あまりきちんと朝食をとる方ではなかった。これは前のヴィオラの食生活の影響が多分にある。現代日本でバリバリと稼いでいた彼女だが、自分の食生活には無頓着だった。
朝はゼリードリンクや野菜ジュースを飲んでいればいい方で、大概は抜き。
昼はコンビニ飯か稀にお蕎麦屋さんに行くことも。
そして、夜は近所のファミレスをローテーションといった具合に。
足りない栄養素はサプリで補う程度のことはしたが、基本的には食に関心が薄いのである。それを今世にも持ち込んだため、朝の食堂はあまり使われることがなかった。
それがタクトが来てからは様変わりした。
まず、朝に食堂が使われるようになった。それだけでも屋敷内部の人間にとっては大激震だ。これにはマリアの「折角来てくれた婚約者さまに、あの広い食堂で一人で食事をさせるおつもりですか?」という言葉のお陰である。もともと朝食をほぼとらない女主人を気にしていたマリアが婚約者をダシにした形だ。
だが、これは効果テキメンだった。
今まで朝はギリギリまで惰眠を貪っていた女領主が無理矢理にでも起きる。そして、寝起きのままの顔は見せられないからと朝の身支度を済ませてから食堂にくるようになったのである。寝ぼけ眼のままメイドの着せ替え人形になっているようなものではあるが、本来貴族とはそういうものらしいのでそこはご愛敬だ。
お陰で食堂を中心に使用人たちは忙しくなってしまったものの、料理を作るために雇われている料理人は「やっと出番がきた」と喜んでいるようなのでいいだろう。
ともかく、そのような感じでガーネンシア家は初めて女領主とその婚約者の揃った朝を迎えることになる。
そう、初めて一緒に朝食をとるのだ。
それもこれも、紛糾した会議のせいだ。各市町村長を集めた会議は、何故か今回に限って議論が紛糾し、時間が大いに延びてしまった。彼らのここまでの旅費は公費として領主側が持っているが、延長する分の旅費までは持てないと断言しても
『自腹でいいからきちんと話し合いをさせてくれ』
と懇願されたのだ。
結局「人の時間を奪っているという自覚がない者や、定められた時間に議論を終わらせられない終着点を見失う無能が上に立っている、ということでよろしいかしら?」というヴィオラの冷ややかな言葉で収束したものの、その時間は夜半すぎだった。
これは決定権を持っているヴィオラがまだまだ舐められているということの表れでもあり、反省すべき点は多い。だが、自分の治めている場所を豊かにしたいという熱意が高じたものだということも
理解していたため初動が遅れてしまったのだ。
そして、ヴィオラは次の日盛大な寝坊をしてしまう。何せ会議が終わったのが夜半過ぎ。そこから長たちの細々とした報告を受けたり予算の最終決定を公文書にしたりと仕事をしたのだから仕方がないとも言える。ただし、そのせいで「初めてガーネンシア家から学校へ行く婚約者殿をお見送り」ということが出来なかった。ちなみにその日も夜まで仕事が詰まってしまい、まともにタクトと話せていない。ヴィオラが仕事中「これの何処が婚約者?」と遠い目をしたものである。
そんなワケで、この朝食は二人の初めての顔合わせという大事な機会でもあった。
「おはようございます。
…こちらに来ていただいてから初めての挨拶となってしまった非礼、お詫び申し上げますわ」
ヴィオラの令嬢モードの発動である。
一応婚約者とは言え、その中身ががさつであることを何も初っぱなから出すことはない。優雅なご令嬢の仮面を被って、優しげな微笑を浮かべる。
中身はともかく、ヴィオラはそれなりの見た目をしていた。フワフワと緩くウェーブする金髪と、エメラルドグリーンの瞳。すべすべの白い肌と、ダイナマイトとまでは言えないが出るとこは出てひっこむべきところはひっこんでいるスタイル。
ただし、外では舐められないようにと目を吊り上げキツめの化粧を頼んでいたため、社交界での評判はあまりよろしくはない。それくらいでちょうどよいとヴィオラ自身は思っているのだが、相手がタクトくんであれば話は別だ。どうにかして好印象を持ってもらわなければなるまい。
そのために苦手な早起きをして、優しく可憐に見えるようにという化粧の注文までしたのだ。この屋敷のメイド頭であるマリアの娘であり、ヴィオラ専属メイドのアリアはその注文に大層張り切ってくれた。ヴィオラの要望とはいえ、ヴィオラの良さを殺すような化粧を施すのは大層嫌がってたのだ。
とまあそんなわけで、普段の社交界でのヴィオラを見慣れている連中であれば腰を抜かすほどに清楚で優しそうな女領主ヴィオラがタクトの目の前に出来上がっていた。
「い、いえ。お詫びなんて…お仕事お疲れ様です。
あの、あと、ありがとうございます。皆さんにも、すごく良くしていただいて…服とか、生活用品まで」
対するタクトはまだガーネンシア家に来て二日目。
まだまだ緊張が取れず、おどおどとしている様子が見受けられる。それは無理もないことだ。徐々に慣れてもらうしかないとヴィオラは気長に考えていた。そんな状況の中でも頑張って言葉を伝えようとしてくれている姿に好感が持てる。いくらヴィジュアルが最推しの漣斗きゅんとは言え、中身がカネスキー家の血を色濃く継いでいたのであれば百年の恋もとい推しでも冷めてしまう。今のところそういった心配はなさそうでヴィオラは安堵した。
「どのような服がお好みかわからなかったもので、勝手ながら無難なものと流行りのものをそろえさせましたの。
今度のわたくしの休みに一緒に仕立てに行きましょうか」
「えっ!? いえ、そんな!
もういっぱい、頂いてますし…!」
「遠慮なさらないで。
それと何か困っていることはありませんか? 不自由なく過ごせているでしょうか?
生活が変わってしまって戸惑うこともあると思うの。そんなときは遠慮なく私や屋敷の者におっしゃってくださいな」
「そんな、ほんと、全然…皆さんに良くしてもらうばかりで…」
「そうですか? 例えば朝食の好みなど、どんな些細なことでも構いませんからね。
食べ盛りなのですから、わたくしに合わせた量では足りないのではなくて?」
そういって、ヴィオラはクロワッサンをちぎって口に運ぶ。
この世界の食事は思っていたよりは美味しかった。漫画や小説で見た異世界は総じて文化が現代日本よりも遅れていて食事がまずいというものが多かった。しかしながら、ここはそうでもないらしい。もちろんヴィオラが上流階級であるから悪い食材は目にしないということもあるだろうが。
今日もガーネンシア家付きのシェフはヴィオラの好みにあったシンプルな朝食を作ってくれている。クロワッサンにふわふわのオムレツ、それにちょっとしたサラダ。これでも普段朝食を食べないヴィオラにしてはかなり頑張って食べている方である。
「あ、あの…僕はあまり、家では食事をしなかったもので…」
瞬間、食堂の温度が氷点下になった。そんな錯覚を起こす。
ヴィオラだけでなく、周囲にいる使用人全員が「カネスキー家許すまじ」となった瞬間であった。結束力が強くて何よりである。
一方、食堂を氷点下まで冷やしてしまったタクト少年は慌てていた。
(ど、どうしよう。告げ口みたくなってしまった…。
折角優しくしてくれているのに機嫌を損ねてしまったら…しかも、朝ご飯なんて食べなれないもの食べたからお腹が…)
いろいろな意味で青い顔をしていたタクトに気付いたのか、ヴィオラは優しく微笑んだ。
「名残惜しいですが、そろそろタクトさんも学校へ向かわれる時間ですわね。
朝食は、量が多ければ今度から残してくださいまし。そのようなことで怒るようなコックはうちにはいませんから」
そう言って優雅に礼をして去っていく。
何はともあれ最悪の事態を免れた少年は、マリアに胃腸薬をもらいつつ学校へと向かうのだった。
タクトを見送った女領主が、メイドたちに「本当に不自由させてないんだろうな、あぁん?」と一昔前の不良漫画のようにメンチキメていたことは屋敷内だけの秘密である。
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