3 女領主のお仕事
夜にも一話あげます!
「なぜ、私は今日という日に限って仕事をしているのでしょうか」
落ち込みまくってキノコでも生えそうなジメジメ具合。これが本日のガーネンシア領の女領主、ヴィオラの姿である。
あの夜会から数日経った本日。セバスの脅しもとい説得のもと、タクトくんがヴィオラの婚約者として屋敷へ来る日、それが今日であった。しかしながら、今日はガーネンシア領主にとって外すことのできない会議の日でもある。そのため、ヴィオラは禿げそうなくらいに後ろ髪を引かれまくって会場入りしたのだ。まだ全ての人間が集まりきっていないため、控え室でこうしてキノコを生やしているという状況だ。
この会議はヴィオラが領主になって開催するようになったものである。本当であればこんな会議すっぽかしてタクトくんを迎え入れたいところだが、言い出しっぺがバックレてしまえば面子が立たない。
「うっうっ…過去の私の馬鹿。なんでこの日にしたのよ」
「統治を任せている方々の都合も込みですから致し方ありませんよ。
それに、このやり方のお陰でこちらの負担はかなり軽減されておりますので、そう悲観することもないでしょう」
「うん、統治においては割りとベターな方法だと私も思ってるわよ。
むしろ今までなんでやってなかったのかと思うくらい」
「それは…我が領の領地が狭いからこそできているというのはあるでしょうね。他領では少々厳しいかと思います」
これから行われるのは、統治を任せている市町村長たちによる要望を述べる会…分かりやすく言うと予算の奪い合い会だ。
一般的に、領地内の予算振り分けは領主が決める。そして、それで足りない分を各市町村町たちが文章で陳情してくるのだ。しかし、そこに問題点が生じる。領主の所に届くまでにかなりのタイムラグが発生してしまうのだ。その他にも、悪意ある人間により賄賂を要求されたり、最悪握りつぶされることすらある。あと単純にその書類の決裁がとてもめんどくさい。一往復ですむならまだしも、何度も何度も同じ陳情書を処理するのは大変な苦労を伴うのだ。
それを回避するために、ヴィオラは市長町長たちを呼びつけることにした。もちろん統治に必要なことなので、彼らの遠征費は公費で落としている。それなりの出費にはなってしまうが、公費以外にも道中でお金を落としてくれるので、経済の循環という観点で見れば悪いことばかりではない。
他にも、領主に直接お目見えするということで、陳情内容はなかなかに気合いが入る。ただし、領主と言えども無い袖はふれないのだ。最初に予算を提示し、各市町村で奪い合ってもらう、というのがこの会議の趣旨だ。
もちろん領主として最終決定はヴィオラがする。
各市町村の長たちは、自分の土地をより良くするためにその場にいる全員を納得させる弁術を用いなければならない。ただ、どの長も弁舌に自信があるというわけではないことを考慮して付添人の立ち会いも許可している。そちらの遠征費はこちらで持つことはないので好きにすれば良い。
長たちは限りある予算を奪い合うために知恵を絞ってここにくるのだ。
ちなみに過去、情に訴えようと幼い浮浪者の兄弟をつれてきてヴィオラの前で泣かせた考えなしの愚かな猛者もいる。女であれば道理よりも情で動くだろうと考えたらしい。知恵を巡らせたこと自体は評価してもいいが、やり方が最低だ。その兄弟に同情はするものの「浮浪者を出すほどにお前の統治手腕はないのだな」と一刀両断してクビにしたが。
このように、自分達が困っているから予算を多く回してほしいが、最悪領主の一言でクビにされるかもしれないという恐怖もある。大変スリリングな会議となっている。
この会議にはヴィオラとしても中々に益があった。
まず、無駄な陳情書が消えた。この会議は年4回行われているため『何かを訴えたいのであればそこでしろ』という風潮に変えたのだ。もちろん突然の災害などの火急の用であれば聞くが、下らないことを陳情すれば即刻クビになると彼らもわかっている。なのでそういった事態はあまり起きない。屋敷でする書類仕事の三分の一は減ったと見てもいいだろう。
また、予算配分に文句をつけられることも減った。当然だ。全員の前で納得できる理由を持ってこいと言っているのだから。予算配分の理由が明確になったため『これだから女領主は』という陰口はともかく、表だった批判はなくなった。少なくとも予算に関してはライバルを出し抜けなかった自分達の落ち度ということになるので、領主の悪口を言う方が恥ずかしい。
そして、無能であるならば潔く職を辞すべきという風潮まで生まれた。実際、ヴィオラが覚醒するまでは、多少ながら横領して私腹を肥やす馬鹿者がいたので良い傾向である。
そして、こういった風潮も相まって不正を働きづらい仕組みが出来た。領主様に伝えてやるから賄賂を寄越せ、という馬鹿なことができなくなったのである。もちろん完全には消えていない。そういう連中は抜け道を作るのがうまいものだ。完全に不正を許さない世界は息苦しいものですよ、というセバスのアドバイスもあり、ほんの少しであれば目をつむっているのが現状である。
そういった領地にとってはとても大事な会議と、タクトくんが屋敷にくる日がかぶってしまったのである。
「うっうっ、初めて屋敷に来るのに出迎えすらしないなんて第一印象サイアクじゃない…」
「こればかりはどうしようもありません。
明日まで伸ばすことも考えましたが、それよりも早く家から引き離す方が得策と考えましたので」
「わかってるわよぉ…。セバスがそう判断するくらい阿呆な家族だったんでしょう?
ならその選択は正解よ。でもそれとこれと乙女心は違うんだってば」
セバスは、この領地が栄えるのであれば手段を問わない男である。たぶんそれはヴィオラの亡き祖父母との約束なのだろうが、そこらへんは割愛する。よくある恩人からの「この領地を頼む」とか言われたパターンなのだとヴィオラは推測している。理由は聞いていないが、彼の第一目的は領地の繁栄だ。そこに、誰の血が混じろうとも関係ない。
そんな彼が同情して連れて帰る日を早めるほどの扱いとなれば、どんなものかは想像に難くない。もしかしたら、彼の心は折れる寸前だった、ということすら考えられる。それはあながち間違いではないだろう。
「人様が関わってくるから、ちゃちゃっと終わらせる、とかもできないところが辛いわよね」
領地経営に手を抜けばセバスが敵に回る。それだけは回避しなければならない。なにせ彼がいなくなるだけで業務の大半が回らなくなるのだ。それどころか、完全に敵対すれば領主の座を追われることになりかねない。正直領主という荷は重すぎるのだが、この環境以外で今さら生きていける気がしないのも本音である。
「名采配を期待していますよ、お嬢様」
セバスは未だにヴィオラの経過観察中のようなものだ。ここの領主に値しないとなれば、タクトくんのことも含めてヴィオラを破滅に追い込むだろう。
(まぁ…そういう方が逆に安心するわよね。利害がハッキリしてるというか。
唐突に人が変わったヴィオラに全幅の信頼を寄せる有能執事とか、うさんくさいにもほどがあるもの)
未だ未熟な女領主ではあるものの、タクトのことを含め現時点では及第点はとれているらしい。
「せめて贈り物は喜んでもらえてるといいのだけど…」
「不満があればすぐに用意させるように手配はしてあります」
「ありがと。
はぁー…気合い入れてお仕事しますか」
有能な執事と今後もこの関係を維持するべく、無理矢理タクトのことを頭から追い出すのだった。
●●●●●
「ここ、が…」
カラカラに乾いてヒリついた喉から掠れた声がでた。それ以降はうまく言葉にならない。タクトは初めて見る大豪邸を前に呆然としていた。
実家のカネスキー家の屋敷と比較するのもおこがましいような大きな屋敷。そもそも一代貴族の家というのはちょっと大きめな庭付き一戸建て使用人つき程度のものだ。そこと比べては侯爵家の名が泣くというものだろう。
カネスキー家にいた時のまま、薄汚れた格好で入るのはとてもためらわれた。そうやってタクトが門の前で立ち尽くしていると、少し年嵩のメイドが頭を下げてきた。
「ようこそいらっしゃいましたタクト様。私はこの屋敷のメイド頭を務めております、マリアと申します。
何か気に入らないことがあればいつでもお申し付けくださいませ」
「え、あ、いえ…気に入らないなんて…」
「では、どうぞ中へ。
湯浴みの準備も整っております」
「ゆ、湯浴み…」
「お手伝いが必要であればおっしゃってください」
「い、いえ! 一人で出来ます!」
恐らくここで手伝いが必要だと言えば本気で体の隅々まで洗われることになるだろう。確かにこの侯爵家に身売りしにきたが、タクトにも最低限のプライドというものはある。
そう、タクトはこの侯爵領の女領主に身売りしに来たのだと解釈していた。それもそうだろう。タクトにとってガーネンシア領主という人は会ったことも聞いたこともない雲の上の人なのだ。自分を見初めたという女領主の姿を未だ見たことないことも、その気持ちに拍車をかける。
最後の見送りに来た家族たちの言葉を思い出す。
一応ガーネンシア家の人たちがいるので言葉は選んではいたが、その内容はどれもこれも同じようなモノだ。
『領主様の機嫌を損ねて出戻ってきたら許さんぞ』
(僕だって、戻りたくないよ)
迷惑をかけないようにしなくては。その一心でタクトはマリアたちに頭を下げる。
「あの、モノ知らずなもので、迷惑をかけるとは思いますが…迷惑をかけないよう頑張りますのでよろしくお願いします」
こうしてヴィオラが見守れないタクトの新生活がスタートしたのだった。
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