2 女領主はストーカー!?
あの夜会から一夜明けた次の日。既にセバスは漣斗きゅんに関する調査を終えていた。流石ガーネンシア家のドラ○もん。仕事が早すぎてもはや突っ込む気も起きない。実際仕事が早くて困ることはないので大変重宝している。
しかし、ヴィオラの仕事の速度はせいぜい並程度。当然ながら前の自分は領主仕事など全くやったことがないし、こうなる前のヴィオラに至っては見向きもしていなかったことからすれば並程度に仕事をこなしているのは称賛されてもいい気がする。ともかく、執事が有能でも上に立つヴィオラの仕事能力は普通。故に、セバスの調査結果を見ることが出来たのは午前の仕事を終えてからだった。これでも『漣斗きゅんの情報はお仕事のあとに』と言われて急いだ結果である。当社比普段の1.5倍の速度だ。
とはいえ、午後も仕事が詰まっているので手早く情報を頭にいれなければならない。屋敷のシェフたちが『仕事の合間に摘まめるように』と気遣って作ってくれたサンドイッチを頬張る。野菜もタンパク質もとれてお腹も満足の一品だ。
「どれどれ…」
漣斗きゅんの本名はタクト・カネスキー。現在14歳で一応身分は学生となっている。ヴィオラとは5歳差だ。
一代貴族カネスキー家の四男で、現在はムダ飯食らい扱い。というのも、どうにかして貴族生活を継続出来ないかと現当主が画策したことが原因だった。
現当主はひょんなことから受勲され一代貴族、ようは世襲できない名誉職になった。そこで、勘違いをしてしまったのだ。貴族とは皆に敬われ贅沢が出来る夢のような地位だ、と。貴族が贅沢をできるのは一重にその責任を果たしているからなのだが、漣斗きゅんの父親はそこまで考えられなかったらしい。どうにかして、一代では終わらないようにと足りない頭で考えた結果、子供たちを利用することにしたのだ。
ただでさえ、不必要な贅沢で傾きかけていた一代貴族の男爵家に多大なる教育費がかさむ。ただ、幸か不幸か、彼の息子たちはそれなりに優秀な才能を持っていた。長男は王立の騎士学校へ、双子の次男たちは王立の魔法学校の魔法科と研究科へそれぞれ進学している。騎士学校と魔法学校は、所謂エリート養成学校だ。卒業さえ出来れば、将来はエリートの道を歩める学校である。
多少の先行投資は必要だが、輝かしい未来が約束されたも同然な長男次男三男。そうなると、四男の漣斗きゅんもといタクトくんはどう扱われたか。適性を確認する間もなく、穀潰しの烙印を押されたのだ。このあたりで報告書を握りつぶしそうになったが、情報は貴族社会においても命。何よりセバスが苦労して集めてきてくれたものだから台無しにはできない。上品さの欠片もなくサンドイッチを豪快に頬張り、続きを読む。
漣斗きゅんもといタクトくんは、貴族の意地と見栄で普通の学校には通わせて貰ったものの、そこでもあまりうまくいっていないらしい。
確かに貴族が意地と見栄で学校に通わせる例は後を絶たないが、それは普通の貴族の場合だ。一代貴族の場合は後を継げないのだから、見栄も何もあったものではない。そして、意地と見栄で在籍するような連中がいるような学校に、更に分不相応な彼が通うのだからどういう結果になるかというのは大体想像がついてしまう。
「…阿呆なのか、この親は」
ちなみに。
セバス他、屋敷の使用人の前で口調等を取り繕うことは諦めた。どんな場所でも素を出さず完璧な女領主を演じるなど土台無理な話だったからだ。高熱を出したことも相まって使用人たちは『後悔しないように強く生きようとしているのね』と生温かく見守ってくれている。
なので、多少口調が荒かろうとも屋敷の中であれば問題はない。
「親の因果が子に、というのはそれなりによくある話ですが、これは同情すべき案件でしょうね」
確かに類を見ないほど悲惨というわけではないが、あのセバスも少々顔をしかめるくらいには悲惨な話だ。
昨夜見た、怯えたような姿が目に浮かぶ。栄養が行き渡っていない肌や髪。周囲の目に止まらないように必死に気配を消す姿。思い出すだけで腹が立つ。無論、矛先はタクトくんのバカ親だ。
「だが、金で買える、というわけね」
「有体に言えばそうです」
報告書を見る限り、カネスキー男爵が執着しているのは今の贅沢な暮らしのようだ。であれば、持参金でも積んでやればなんとでもなる。
問題は、対外的なことだ。
「これで婚約にこぎつけたら『狸オヤジに嫌気がさした女当主が一から自分好みに育てる』だのなんだの言われそうだな」
「当たらずとも遠からずでは?」
「そそそそんなことはななななな」
「動揺しすぎです。逆に怪しいですよ」
自分の手元に置きたいというよりも、今よりもマシな環境に行って幸せに暮らしてほしい。そして遠くから笑顔が見られればヴィオラとしては満足なのだ。ようするに、推しの足長おじさんになりたい。
しかしながら、家に金を届ければ届けるだけ彼の両親が肥え太るだけだ。
ならば、自分の手元に置くしかない。しかし…。
「いやでも、実際問題顔が良すぎて平常心で喋れるかわからないし」
「そこは婿にもらうんですから頑張ってください」
セバスに一刀両断される。
「そ、そうか…婿か。
えっ婿!?」
「まぁ、まだ彼は学校も卒業していませんし、婚約止まりが妥当でしょう。
王家にも一応筋を通しておかないと、あとあと面倒でしょうし」
「ほんとそれな。
狸ジジイの相手も嫌だけど、16歳差現3歳の婿も嫌よ。私は」
「男女逆であれば聞く話ですがね」
あまり大きくはないがガーネンシア領は王家としてもそこそこ重要な領地だ。囲い込みたいという気持ちはそれなりにあるらしい。両親が存命の時は、どんな家からの縁談であろうともちぎっては投げていたそうだ。その中には王家からのものもあるのだから、どれほど重要領地であるかがうかがえる。
「それもどうなのよ。まぁいいわ。
もうめんどくさくなったし、よく考えたら漣斗きゅんもといタクトくんって、今もその理不尽な仕打ちにあってるってことでしょう?
じゃあ、なるはやでうちの屋敷に連れてきて。最悪ガンガンに脅してあっちの家に数日置いておく程度なら我慢するわ」
「同棲は決定事項ですか」
「どっ…え、これあんまり一般的じゃない? 一般的じゃないかぁ、そっかぁ…。
まぁいいわ。推しの健康のためなら私の風評被害もやむなし」
「当家への風評被害は最低限にしていただきたいものですがね」
「そこはそっちが頑張って。ケツは私が持つわ」
推しのためなら多少の苦労もなんのその。
余暇の全てをオタク活動に捧げていた人間を舐めないでいただきたい。そのくらいで彼の笑顔が買えるのであれば安いものだ。
「…確かに屋敷内では令嬢らしい物言いをしなくても使用人たちは気にしませんが…まさかタクト様がいらっしゃってもそのような言葉遣いを貫く予定ですか?」
流石にケツはまずかったらしく、セバスから小言を食らう。
でも言われてみれば確かにそうかもしれない。いくら男勝りな女領主と言えども、そんな人物を嫁にしたくはないだろう。拒否権のない提案をする身としては、少しでも嫌われそうな要素は排除しておきたい。
「…善処するわ。ともかく、彼の身の安全確保を最優先で。
前の視察で新事業の目途もたったから多少の出費は先行投資と考えてちょうだい」
「了解いたしました」
そんな会話をしながら昼食を終える。
彼を安定した基盤で迎え入れるためにも、ヴィオラはせっせと仕事に励むのだった。
しかし、ヴィオラはこの時点ではまだ知らない。
自分が、推しを前にすると語彙力を失う女だということを。
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