15 少年と改装される離れ
あと一話で完結です。完走がんばります!
「タクト様はどのような家具がお好みですか?」
「タクト様は植物は好まれます?」
「タクト様は暖色と寒色でしたらどちらがお好きでしょうか?」
ヴィオラが領地の視察に行っている間、マリアをはじめとした屋敷の人達からそんなことを聞かれるようになった。その度に、なんでそんなことを聞くのだろうと思いつつも素直に答えていた。
その一方で、ヴィオラが改装を命じたという離れは着々と建設されていく。
(きっとあそこにヴィオラ様の本命が住むことになるんだろうなぁ…)
そう考えると胸がチクリと痛む。
こんな気持ちはおこがましいとは思いつつも、止まらない。せめて、彼女の前ではこんな顔しないようにしないと、とタクトは自制する。
勉強することは多いけれど、基本的にタクトはそこまで忙しくはない。人間は四六時中一つのことに集中できるようにはできていないため、気づけばしょっちゅう別のことを考えてしまうものだ。そしてタクトにとってその別のこととは、言わずもがな自分の婚約者であるヴィオラとまだ見ぬその恋人のことだった。
(嫉妬、してるんだよな、僕は…。
望外の幸運を手にしておきながらまだ欲しいと思うなんて…。あさましいやつ)
タクトはまともに愛情を受けたことがない。
それゆえに、ほんの少しだけ期待していたのだ。新しくできる、家族というものに。
もちろん頭では貴族の結婚は家族になるというよりも家の結びつきを強くするためだけのものであるとはわかっている。その上で家に縛られず恋愛をする人間がいるということも聞いてはいる。
ただ、自分の婚約者もそうであることに、ちょっとだけ不満と不安を感じてしまうだけで。
あの夜会の日に、タクトのためにあんなに怒ってくれた優しい人だから。恋人がいようともぞんざいに扱われることはないとは思う。
ただただ、家族になれないというのが寂しいだけで。
ちなみに、ここまですべてタクトの思い込みである。
タクトは冒頭で使用人たちに聞かれていることと、離れの改装を全く結び付けられないでいた。
使用人たちはやきもきしながらも、きちんと訂正出来ずにいた。
「タクト様、いかがなさいましたか?」
考えないようにしていても、いつのまにか考えてしまう。今も随分と考え込んでいたらしく、マリアが近づいてきたことにも気づけないでいた。
そんな自分にタクトは苦笑する。
「いえ…」
「離れの改装のことですか?」
どんなに取り繕っても、このメイド長にはお見通しらしい。
最初の頃は何かを探られているのかとビクビクしていたが、今は察しのいい彼女を頼りにしている。そういえばあの夜会の日から、この屋敷の人を無駄に警戒することはなくなっていた。我ながら随分な変化だな、とちょっと面白くなってしまう。
「そう、ですね」
「うーん…タクト様。これから行うことは皆には内緒ですよ」
「へ?」
そう言ってマリアはタクトを振り返らず屋敷内を進んでいく。
「え、マリアさん? まって…」
なんとなく追いかけなければならないような気持ちになって、ずんずん進むマリアの後を追いかける。それにしても、優雅な歩き方なのにものすごく移動が速い。タクトは少し小走りになりながら追いかける。
着いた先は、例の改装中の離れだった。
「えっと…」
「どうでしょうか?」
「どうって言われても…」
大貴族の離れと聞いたから、てっきり豪華絢爛だと思っていた。しかしながら、この離れはどこかこぢんまりとしている。ちょっとした隠れ家のようで可愛い感じだ。
キレイだとは思うが圧迫感のある真っ白な外壁ではなく、暖かみのある土色の壁。
小さな花壇もあるようで、ガーデニングもできそうだ。
幼い頃に物語で読んだ、小さいけれど幸せな一家の家、といった印象を受ける。
それをそのままマリアに伝えたところ、にっこりと微笑まれた。
「流石に中をお見せすることは出来ませんが、内装もそういった雰囲気を汲み取って使用人一同心を込めて準備させていただきました」
「そう、ですか」
いいなぁ、と素直に思う。
この屋敷に来てからタクトは自分がかなり欲張りになったと思う。
家にいた頃では考えられないくらいの良い生活をしているのに。昔の自分に軽蔑されてしまいそうだ。
「タクト様は全体的に木材を使った素朴な家具がお好みでしたね」
「え? あ、はい」
「壁面も真っ白よりは土色で、自然を感じられるものが好き」
「はい」
「あと、実は土いじりもお好きとか」
「す、すみません」
「いえいえ。素敵なご趣味だと思いますよ。お勉強が一段落いたしましたら、好きなものを植えてみてはいかがでしょう?」
「いいんですか?
僕が植えるとほとんど食べ物になっちゃいますけど…」
タクトが土いじりが好きなのは、ガーデニングという優雅な趣味ではなく、カネスキー家で空腹を覚えていたころの名残だ。畑として全く整えられていない場所でも、種を蒔けば運良く芽吹くこともある。そして、収穫できることも。大半は無駄な努力に終わったが、それでも家から少し離れた林の中で土いじりをしている時間が一番楽だった。
「えぇ、勿論です。そのためのガーデニングスペースですから」
「え?」
「いかがですか?」
そのための、とマリアは言った。
この、離れを見ながら。
「あ、あの…もしかして、この離れって…」
今までの話を総合する。
大分前から言われていた、ヴィオラの毎日のスケジュールの話。
大勢のメイドさんに聞かれた、自分の好みの話。
目の前のマリアの、意味深な笑み。
色んなものがパズルのように組み合わさって、タクトの思い込みを溶かしていく。
恐らくマリアから見たタクトの表情は、グルグルと面白いほどめまぐるしく変わっていただろう。
青くなったり赤くなったりを繰り返すタクトに、マリアがとどめの一言を告げる。
「こちらの離れは、ヴィオラ様の大切な方のために作られています」
「大切な…」
「ふふ、ではそろそろ戻りましょうか。あまり姿が見えないと心配をかけてしまうかもしれませんから。
それに、内装はヴィオラ様も一緒に見たがるでしょうから」
「えっあ、あの…!」
何かを聞きたくて、マリアに声をかける。
「はい」
けれど、穏やかに笑うマリアを見ると、なんて聞けばいいのかわからなくなってしまった。
口をパクパクさせてどうにか言葉を見つけようとする。
けれど、それはやんわりマリアに制されてしまった。
「…本来であれば、私のしたことはメイドとして出過ぎたことなのです。
なので、離れを見に来たことは内緒にしてくださいませ。
それと…多分タクト様がしたい質問は、ご本人にしたほうがよろしいかと」
「っ…それも、そうですね」
アワアワしながら、離れを後にするマリアについていく。
顔に熱がのぼって、どうにも顔がしまらない。
「あ、あの…マリアさん」
「はい、どうなさいましたか?」
何か言わなくてはと、色々言葉を探す。それでも、結局出てきたのはいつも口にしているような言葉だった。
「僕、お嬢様のためになれるよう、精一杯、頑張りますね」
それでも、その声音は普段と少し違う。
それに気付いたマリアは、まるで母親のように優しく微笑んだ。
「是非、その言葉もヴィオラ様に伝えてあげてください」
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