14 女領主の出張仕事
「推しの顔が見えないことにより精神の安寧を得られる日がくるとは思わなかった…。
そうね、ずっと公式からの供給という名の爆撃が続いていたのだもの。たまには平穏な日々もいいわ…」
「何を言っているのかさっぱりですが、そろそろ領主の仮面を被ってくださいねお嬢様」
離れの改装を命じてからすぐ、ヴィオラは視察へと出発した。予定では一週間ほど家を空けることになる。その間はタクトに真実を話すかどうかということは保留にできる。どう考えても逃げの一手でしかないが、今のヴィオラにはそれが最善手に思えた。
推しに嫌われるかもしれない、だなんてそうそう思いきれることではないのだ。
今回の視察先は、ガーネンシア領でも重要な場所だ。宝石を産出するドロス山脈と、そこへ繋がる鉱山の町ドーリス。ガーネンシア領の収入の一角を担う町だ。
現在、その宝石の採掘場まで足を伸ばすべく、馬車に揺られている。
「わかってるわよ。
…この町、宝石だけに頼るのはそろそろヤメにしたほうがいいと思うんだけど」
ヴィオラにとって、宝石はこの世界にきてから初めて触れたといっても過言ではないシロモノだ。アラサー女子時代は宝石よりも推しに貢ぐことが忙しかったのだ。
今までは前世の乏しい知識を使って様々な分野の作業効率化の案を提案し、それがたまたま上手くいった。お陰で前領主が亡くなってから初めて領内の経済が上向きの傾向を見せているらしい。
が、それは本当にたまたま。偶然である。
今回向かうドーリスという町は、宝石他貴重な資源を採掘するための町だ。
だが、残念なことにヴィオラには宝石関連の知識は一切ない。記憶にある採掘場跡はどこも資源をとりつくして寂しい場所になっている、というような曖昧なもの。
セバスは期待していると言っていたが正直とても重荷だ。
「確かに…いつか採掘し尽くしてしまえばこの町は寂れていく一方でしょうな」
「そうなってしまう前に手を打たないと、ということでしょう?」
どうやって手を打つか、その手段が全く見えないのが問題だった。
けれど、こうやって難問に頭を抱えている間は屋敷に置いてきた問題を忘れられるから助かっている側面もある。
移動中の馬車の中、うんうんと頭を悩ますヴィオラに、珍しくセバスから声をかけてきた。
「お嬢様。一つ、助言を」
「何? 名案あるの?」
「…全てのことに共通しますが、人間関係の基本は対話です。
言葉が通じれば、様々なことが見えてくるものです」
「…そうね。
だから、今現地の人とも話をしてみるんだし」
恐らく、セバスが言いたいのはドーリスの町のことではない。
タクトのことだ。
それがわかっていながら、ヴィオラは話をそらす。今はあまり考えたくなかったのだ。そんなヴィオラの心情を知ってか、セバスはそのまま言葉を続けた。
「お嬢様は、今まで彼に対して対話をしてきたでしょうか。
なぜ、屋敷まで連れてきたのか。なぜ、彼だったのか…」
「……」
話していない。
っていうか、言えないじゃないか。
推しと瓜二つの美少年が酷い目に遭っているのがイヤだった、とか。それなら一目惚れの方がまだ言い訳として成り立つのではないだろうか。
「上に立つ人間の言葉がないと、下の者は戸惑います。
外野の勝手な噂に惑わされる程度には」
「ちょ、待って!?
なんで!?」
ヴィオラに関する噂はなかなかに面白いものが揃っている。
何人も奴隷の美少年を囲いこんで夜な夜なウフンアハンしているとか、実はこの世界では禁忌といわれている同性の恋人がいるだとか。
男を遠ざけてきた女領主とあって皆下世話な噂話のネタには事欠かない。
いつもであれば馬鹿馬鹿しいと切り捨てているソレを、まさかタクトが信じてしまっているとは夢にも思わなかった。
「何故、と言われましても…。それこそ先ほど申し上げた通り対話不足でしょう?
当たり障りのない会話しかしてこなかったように見受けますが…」
「う、ぐぐぐ」
推しに嫌われるのが怖すぎて、確かに必要以上に令嬢の仮面を被っていたような気はする。それがまさか、こんな結果になるとは。
どうにかしなければと焦るも、今は領地巡回の身。つまりはお仕事中。しかも、いつ見放すかわからない領地領民第一の有能執事の前だ。どうあがいても仕事を放り出すわけにはいかなかった。
「さて、年長者のアドバイスも終わったところでちょうどよく目的地についたようですね。参りましょうか、領主様」
「…おのれ、セバス」
恐らく追求されないタイミングを見計らってこの話題を出してきたのだろう。
領民の前で失態を犯すことはできない。従って、この場で今の話を詳しく聞くこともできないというわけだ。
セバスの策略にまんまとのってしまったことに歯噛みしつつ、ヴィオラは女領主の仮面を被る。
開けられた馬車のドアの外へ、セバスにエスコートされながら降り立つ。
女領主とはいえ、採掘場に足を運ぶのがわかっていたので今のヴィオラはかなり軽装だ。女領主としてみすぼらしくない程度に着飾りつつ、動きやすさを重視している。
相手によっては『そんな格好できて馬鹿にしているのか』と言われかねないし、実際過去に何度か言われたことがある。TPOもわからない人物ということでバッサリ切り捨てたが。
「この度は、このようなむさくるしい場所に…」
この採掘場の責任者だろうか。
緊張しながらも、知りうる限りの丁寧な言葉で挨拶される。それだけで、この場所への好感度があがった。いつか資源は枯渇してしまうとしても、どうにかしてここの人たちが暮らしていけるようにしなければと気合いが入る。
「丁寧な挨拶ありがとう。
このような場所は不馴れなので何かと迷惑をかけてしまうと思うけれど、よろしくお願いしますね」
にっこりと令嬢スマイルを添えてこちらからも挨拶をする。
皮肉なことに、噂話の中のヴィオラの評判が悪ければ悪いほど、実際に会った人間の評価はうなぎ登りになる傾向がある。ギャップ萌えみたいなものだ。
今回もその例に漏れなかったようで、現場の人間たちにはおおむね好評価をもらえたようだ。
言われるままに注意しながら採掘場を見学する。
その途中で、面白いものを見つけた。
「あの、あれは?」
ヴィオラが目をつけたのはこんこんと涌き出てくる水だ。
最初はただの湧き水かと思ったのだが、水の縁の辺りが奇妙な形に固まっている。光を反射してキラキラと輝いているのだが、端の方は少し黄色かかっている。
「あぁ、あれは呪い水でさぁ。
一見キレイではあるんですがどうにも加工しづらくてね。勿論飲むことは不可能ですし、触るとかぶれるんですわ。
時間がたてば固まるみたいなんですが、その固まる時間が読めなくてね」
(…めっちゃレジンっぽくない?)
案内をしてくれている現場責任者の説明を聞きながら、呪い水と言われる液体を凝視する。
前のアラサー女子時代は、手作りの推しモチーフグッズも作っていた身である。その中でレジンは手軽にキレイなアクセサリーを作れるということで重宝していた。
「何か掬うものってあるかしら。あとは平らな板も」
「え? あ、はい。ありますぜ」
用意してもらったおたまのような器具で呪い水を掬い、木の板の上にゆっくりと垂らす。粘性の高い呪い水はゆっくりと垂れていき、ぷっくりとした半球形になる。
「面白い性質ではありますよね。この形のまま固まってくれたらいいんですが、時間と共にべちゃっとなっちまうんですよ。で、最終的には平たい板にはなるんですが、あんまり強度もないもんでねぇ…」
「なるほどね。
セバス、これにライトの魔法強めに当ててくれませんか?」
「? 了解いたしました」
疑問に思いながらもセバスはいった通り基礎魔法であるライトを呪い水に当てる。
この魔法は単純に辺りを照らすだけの初級魔法だ。光魔法の適正がある人間であれば誰でも使えると言っても過言ではない。ただし、この魔法は結構燃費が悪いらしいので普段の夜の明かりに使われることは稀らしい。
セバスにライトの魔法を使ってもらうこと数分。
眩しいだけで特に害のない魔法なので、照らしている最中に手を伸ばしてもなんの問題もない。そっと手を伸ばして、呪い水を触る。
「うん、やっぱり。あ、セバスありがとう、もう大丈夫ですわ」
ヴィオラの手のなかには、先ほどの形のまま硬化した呪い水があった。
「な、なんだぁ?」
「先ほど呪い水を見て思ったんですの。日当たりの良い場所ほど固まっているなぁって。
それなら、光魔法を当てれば素早く硬化するんじゃないかと思ったのですが…正解でしたわね。
これなら素早く硬化してくれますので加工の幅が増えるのでは?」
ヴィオラの予測通り、これはUVレジンとほぼ似た性質を持っていることがわかった。
「た、確かに。光魔法が使える奴さえいれば…。
あ、でも領主様、もう一つ問題があって…。あそこを見てもらえればわかると思うんですが、こいつはいつのまにか黄色く濁っちまうんですよ」
「なるほど…」
そこまでレジンと一緒らしい。
しかし、それくらいのことはいくらでもカバーできる。
「では、朽ちてしまうこと自体に付加価値をつけるのもよいのでは?
例えばこれをアクセサリーとして加工し、この日のためだけの特別な美しさ、と謳って販売するの」
「なるほど…高級志向の貴族であれば飛び付きそうですね」
セバスからも好感触である。このうたい文句で売ればこの地域の新しい名産品になるかもしれない。それなりに貴重で燃費の悪いライトの魔法を使用するというのも、使いようによっては希少性をあげるポイントになるだろう。
「あとは…先ほど見た感じ小さな宝石であればまだまだ産出するようでしたわよね?
それをこの呪い水で作った細工に散りばめて見てはどうかしら?
もともとの透明な輝きのなかに小さいと言えど宝石が入ったらステキでしょうね。
少しずつ硬化させていけばティアラの土台のような複雑な形も作れそうですし…」
思い付いたアイディアを次々に口にしていく。
周りは少々あっけにとられているようだが、そこは気にしないでおく。どこまで実現可能かはわからないが、こうして伝えておくことは無駄にはならないはずだ。
前世の記憶をフル活用して様々なアクセサリーのアイディアを伝える。
「呪い水にこんな活用法があるとは…」
「…そういえば、呪い水って名前ちょっと不吉ですわよね。この際変えてしまいましょうか。レジンというのはいかが?」
まるで今思い付いたかのように、呪い水の改名をしてしまう。
幸いにも反対意見はなかったのでごり押すことができた。
様々なアイディアと、見本としてこんなものをつくってほしいというデザインを職人たちに預けてヴィオラは帰りの馬車に乗り込む。
「レジンと、お嬢様のアイディアが形になれば、この町もしばらくは安泰でしょうね」
「そうねぇ。うまくレジンを活用して、アクセサリー加工の町として賑わってくれればいいのだけど」
「そのためにも、次の夜会でお嬢様がレジンの広告塔になってもらわねばなりませんね」
「まぁそうなるわよねぇ。
夜会はめんどくさいけど、名産品をつくるためなら仕方がないか」
これからレジンアクセサリーブームを作るべく、効果的な売り込み方を模索する。
とはいえ、社交界の貴婦人たちは新しい美には目がないもの。職人の渾身の作品があれば自然と評判はあがるだろう。
それよりも、ヴィオラには解決すべき案件があった。
「…帰ったら、離れはできてる頃よね」
「そうですね」
「…ちゃんと、話さなきゃよねぇ」
「当然です」
馬車に揺られながら、どうやって話を切り出そうかと考え込むヴィオラ。
(嫌われるかもって考えるのはすごい憂鬱だけど、やっぱり会えるのは嬉しいのよね。
生きてて貢げる推しってやっぱ最高だわ…)
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完走まであとニ話となりました。
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