13 女領主の葛藤
アラサーが、10代半ばの少年に手を出すのはアリですか?
そんな質問をされたら皆さんはどう答えますか。
私、ヴィオラ・ガーネンシアは今まさにそんな状況です。
「こんなことしか出来ないんですけど…」
そう言いながら目の前の美少年は、ヴィオラの手伝いをしてくれている。その手腕は当然ながらセバスは勿論執務室にいる誰よりも劣っている。それはある意味当然だ。経験値の差である。
その健気さが何よりも尊い。もとい、嬉しい。
そして、そんな彼の逃げ場を奪ってしまったことにより、ヴィオラは現実と向き合わなければならなくなっていた。
先日。
しつこく常識外な金の無心をしてくるタクトの実家、カネスキー家に絶縁を叩きつけてきた。一切こちらに関わるなという文面と、正式な縁切り状。それから、彼らがやらかした後ろ暗いモロモロの証拠を添えて。
もともと貴族としても危うい立場にあったカネスキー家にとって、一つでも表沙汰にされればマズイ案件。それを数個ばかり。これで大人しくならないようなら、いよいよ公権力にチクりをいれて公的に裁くしかないところだ。
何故すぐそうしなかったか、と言えば公的に裁いてもメリットが薄いというのが一番の理由である。
王が任命した一代貴族を公的に裁くということは、王に見る目がなかったと知らしめるようなものだ。それくらいならば朽ちるに任せてしまったほうが断然いい。
この忠告を機に身の程を知って行動してくれれば騒ぎは大きくならなくてすむのだが。
そこまではガーネンシア家が知ったことではない。
問題なのは、タクトに帰る場所が無くなった、ということ。
あんな劣悪な環境に帰したいか? と言われれば勿論否だ。
けれど、そういうことではなくて。
推しと結婚するという現実が目の前まで迫っているのである。
もっと言えば、中身アラサーのくせして美少年をテゴメにしていいのか? という道徳の問題だ。
(包み隠さずお話するべき、よね…。
ていうか私の良心が話さないという選択肢をぶっ潰すわよ…。
でも、普通に考えてアラサー受け入れられる?
無理じゃない? この世界ならいきおくれどころか母親世代よ!?)
もちろん、親世代くらいの異性の方が安心できて好みである、という人だっている。けれど一般的な感覚でいけば恋愛とかは無理ではなかろうか。
(あ、恋愛する必要はないのか…。
そう考えるとちょっと楽にはなった、かも?)
「タクト様。そろそろ家庭教師の方がいらっしゃる時間です」
「あ、本当だ。皆様ご迷惑おかけしました。
あの、またよかったらお仕事教えてください」
マリアに促されてタクトは勉強しに執務室を出ていく。
最初の頃に比べれば随分と積極的になり、笑顔も見えるようになった。まだまだ自分に自信はもてていなさそうだが、このまま成長すれば自然と自信も持てるようになるだろう。
(将来有望株を私が娶っていいわけ!?
というか推しの独り占めってあり!?)
なんというか、罪悪感が半端ない。
せめて彼が安心して逃げ込めるようなシェルターでもあれば…。
「そうだ、離れ建てよう」
「屋敷には既に離れが何棟かありますが…いかがいたしました?」
ヴィオラの突拍子もない呟きに、セバスは律儀に返事をする。
いつも突拍子がないから慣れたとも言えるが、今回ばかりはヴィオラの鬼気迫る表情に何かを感じ取ったのかもしれない。
「そっか。あるのね。
ならそのうちの一つをタクトくん好みに改装してちょうだい」
「はぁ…。一応聞きますがどういった目的で?」
「だって! もう彼に逃げる場所なんてどこにもないのよ?
ガーネンシア家の婿とかやめたくなるときもあるじゃない!
そういう時に逃げ込める場所を…いや、屋敷内にあるだけじゃだめ? 村一つくらい買収する?」
「あ、はい。了解です。離れの改装ですね承りました」
村一つ買収するくらいなら、離れを改装した方がまだマシだ。
瞬時にそう判断したセバスたちは迅速に行動する。
先んじて行動しておかないと、ヴィオラは一人で暴走しかねないからだ。
「一応確認しておきますが、タクト様の逃げ場を用意しておきたい、ということで間違いありませんね?」
最近の吹っ切れたらしいタクトの様子を見ていれば、そういったものは不要だと気づけそうなものだ。
しかしながら、推しへのクソデカ感情のせいか、はたまた恋心か。
ヴィオラはそういった彼の変化をうまく受け止められていない。
「うん、そんな感じ。
だって、実家よりマシとはいえ絶対嫌だと思うのよ、私の婿だなんて…」
「それは…何故でしょう?」
「何故って…」
アラサーだし。
とは、セバスたちには言えない。いや、セバスだけなら言っても構わないが他のメンバーに知られた場合、下手したら辞められてしまうかもしれないからだ。
セバスなら、ガーネンシア家に利益があるのならアラサーだろうが転生だろうがどうでもいいと言いそうなのだが。
「ほら、やっぱり面倒ごと多いでしょう?
嫌になったときに、気分転換できる場所がないと、と思って」
「はぁ。まぁ、そういうことにしておきましょう」
執務室のメンバーはもはや呆れ顔だ。
確かに、タクトからヴィオラに向ける感情は、恋愛ではないのかもしれない。けれど、そんなものはあとからどうとでも変化するというのに。
「やきもきするわね」
「聞いた話だと、タクト様はタクト様でお嬢様に表だって一緒になれない愛人がいるって思い込んでるらしいわよ」
「なにそれおもしろめんどくさい」
声を潜めて、執務室メンバーの女性陣がそんなことを話す。
「男女逆転ラブロマンスかと思えばこういう障害もあるのねぇ」
「ていうか、ここで離れなんて改装したらタクト様の誤解深まっちゃうんじゃない?」
「メイドさんたちの話だと、あっちはあっちで頑なみたいよ?
ヴィオラ様のスケジュールを聞かせて『このミチミチスケジュールなら愛人囲うとか無理でしょ』ってやっても『では随分と会われていないんですね』とかなんとか」
「…どっちも思い込み激しい系?
自分が好かれるわけがない、みたいな。私たちみたいなお局から見たらどっちも若くてかわいくて将来有望なのに…」
やきもきする周りの言葉など、ヴィオラには全く届いていない。例え届いていたとしてもうまく受け止めきれないのは予想できるが。
(離れが完成したら、ちゃんとお話しよう。
転生のこととか、アラサーのこととか。
もし他に好きな子が出来てもあんまり大っぴらにしない限りはオーケーとか色々…)
そうは考えるものの、タクトに愛する人が出来てしまったらと考えるだけで身が凍るような思いだ。無意識に手で二の腕をさする。寒くはないのにブルリと震えがきた。
「…大丈夫、氷の女だし。凍っても」
「流石に大丈夫ではないと思いますが。
離れの中でも日当たりの良いところを改装することになりました」
「あ、うん。ありがと。
タクトくんの好みはマリアに聞けばわかるわよね」
「そうですね。
ということで、お嬢様。仕事の続きをしましょうか。
遅くとも明日の朝には全て片付けなければなりませんから」
「えっなんで…って、あ!
明日から視察だったっけ?」
領内の視察は領主としても大事な仕事だ。
領主自ら足を運ぶことにより、領民たちの士気もあがる。勿論良いことばかりが起こるわけではないが、全体で見ればプラス収支になる大事なお勤めである。
「今回は1週間ほどですね。
ドロス山脈の宝石産出率が少し低下してきましたので」
「資源は永遠に産出するわけではないものね。
先に手を打てるようであれば打っておきたいところだけど」
仕事の話をふれば、ヴィオラはすぐに女領主の顔になる。
何事も切り替えが大事だ。というより、仕事に没頭していたほうが余計なことを考えずにすむ。
「ええ、そのために赴くのですから。
良いアイディアを期待していますよ」
「毎回そんなポンポンでませんって…。
でもそっか、明日から1週間、か…」
1週間の間は保留にできる。
進展はないけれど、後退することもない。
そんな逃げの状況にヴィオラは少しだけ安堵していた。
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