12 女領主と少年の実家
誤字脱字誤変換は不治の病…指摘して下さる皆様本当にありがとうございます
ガーネンシア家執務室にて。
「…ねぇセバス」
難しい顔をしたヴィオラは傍にいる執事の名を呼ぶ。
その声音はブリザードでも吹き荒れそうなくらいに冷たい。いつも頼りにしている執事を呼ぶような声音ではない。
どちらかと言えば、部下を叱責する上司のもののようだ。
「申し訳ありません。これに関しては私の力不足でした」
それに対するセバスの声音も固い。そして、珍しくセバスが謝っている。唯我独尊俺様一番エライ執事の彼が、である。
事の発端は一通の手紙。
ただの手紙であっても名家と呼ばれるガーネンシア家は何度も検閲が入る。紙に毒を仕込むなどの古典的な嫌がらせもあるからだ。
しかし、それを全く考えていないような頭が痛くなる手紙が届いた。
「まさかここまで恥知らずだとは…」
「ほんとにね。ないがしろにしてきた息子の嫁ぎ先に金の無心とか…。
一応聞くけど、セバス。ちゃんと説明してきたのよね?」
そう、手紙の送り主はタクトの実家であるカネスキー家だ。
カネスキー家の相手はセバスに一任していた。それが最も確実に、無傷でタクトをこの家に連れてくる方法だからと確信していたからだ。
下手にヴィオラが出張れば、女だからという理由で侮られる可能性も足下を見られる可能性すらあった。その点執事が行くのは貴族の中では当然のことであるし、セバスの交渉術なら適任のはずだった。
ただしその交渉術も、相手に言葉が通じる場合にのみ適用される。
「えぇ、皮肉とイヤミをたっぷり混ぜてほぼ絶縁宣言をしたのですが…。
まさかここまで言葉が通じていないとは…」
「皮肉もイヤミもお上品過ぎたんじゃないの?」
「曲がりなりにも貴族と考えたのがいけなかったようですね…。ストレートに罵った方が良かったのでしょう」
手紙の内容は貴族らしい回りくどい前置きもなく、重要領地を任されている女領主への敬意もなく。
『タクトを渡したのだから金をよこせ』
その一点のみだ。
ここまで来ると逆に清々しくさえ感じる。
「私ね、一応これでも考えてたのよ。
どんなにクソであろうとタクトくんにとっては実家。貴族社会の化かし合いも同じくらいクソだから、こっちから逃げたくなったときに逃げ場って必要かなって」
貴族社会は本当にめんどくさい。
気を抜けば蹴落とそうとしてくる輩ばかりだ。
勿論大人しく蹴落とされてやるつもりも毛頭ないし、下手にこちらに喧嘩をふっかけてくるようであれば徹底的に潰す心づもりだ。というか、潰した。女領主だと侮って取り込もうとしてきた馬鹿どもを片っ端から。当然ながら権力を悪用はできないので、法に則って裁いて貰った。貴族の規範となるべきガーネンシア家はそういった意味でも不自由が多い。私刑などしてしまえば、そこにつけいってくる輩がゴロゴロしている。相手は法など知ったこっちゃないと平気で破ってくるのに、だ。
タクトがヴィオラの婿になってしまえば、そういう輩とも対峙しなければならなくなる。
ガーネンシア家総出で守るつもりではあるが、それで守り切れるほど手ぬるい貴族社会ではない。
そうなったときに、タクトがどう考えるかわからなかった。
もしかしたら、実家の方がマシと考えることもあるかもしれない。
と、考えていたのだ。
報告書やら、この手紙やらが届く前までは。
「カネスキー家さぁ、タクトくんの逃げ場としても不適すぎよね?」
「この馬鹿さ加減で預けようと思うなら、私はお嬢様を見限りますね」
「だよねえ。んなことしたら私も私を見限るわよ」
手紙からにじみ出る内容がこれまたすごい。
タクトは婿養子としてガーネンシア家にきたはずだが、カネスキー家の中ではヴィオラが嫁入りしたことになっているらしい。
にも関わらず、ガーネンシア家はカネスキー家に結納金を未払いである、と。
一応確認したが、こちらの世界でも結納金は「女性が嫁入りするための準備金として、男性側が支払うお金」だ。
ヴィオラが嫁入りすると主張したいのであれば、結納金を支払うのはカネスキー家である。一般的な男女に当てはめても、やはり男性側のカネスキー家が支払うべきものだ。
これっぽっちも欲しいとは思っていないが。
更に言うなら、タクトはほぼ着の身着のままでガーネンシア家に来た。
婿入りの準備など何一つしていなかったではないか。
「一応再度報告させていただきますが、タクト様をこちらに連れてきた際にカネスキー家には十分なお金をおいてきました。カネスキー家当主直筆サイン入り領収書もきちんと保管しています。
こちらとしては手切れ金のつもりで置いてきた金なのですがね…。」
「領収書にサインしておいて、更に金をよこせってなんなの?
何に使ってるのよ…」
「まぁ…事前調査を見る限り、あの家は驚くほどに金の使い方がわかっていませんでしたから。
金はまず身の回りのものを豪華にするために使い、次は自分たちの食事、それでもあまったら使用人の給料へ、と言った具合ですから」
「馬鹿なの? 馬鹿だったわね!?
金の使い方は何一つなってない上に、金を受け取った記憶も記録もないとか何?」
ガーネンシア家に金がないわけではない。
有り余っているとは言わないが、万一カネスキー家が真っ当な借金で金がないのであれば立て替えてやるだけの財力はある。
だが、現状カネスキー家に金を渡すというのは、金を肥だめに捨てる行為と同等だ。他に有効な使い道は五万とある。
「だめ、むり。
本当に心苦しいけど、タクトくんにも事情説明して縁切りしましょ。最悪潰しましょうそうしましょう」
「というか潰していいかと。
貴族のなんたるかを一応説いてきたのですが、改善するどころか『ガーネンシア家という金づるができた』と暴走してますよこれ」
「っはーーーーーーー……。
アホな貴族を取り締まるのも上級貴族の務め、かぁ」
唇からどでかいため息が漏れる。
目を閉じて、タクトのことを思う。
タクトの生家を潰すのは、世のためでも人のためでもある。それでも、タクトのためになるかはわからない。こちらのエゴではないのか。万に一つも彼を傷つけるのであればやめてしまいたい。それがヴィオラの本心だ。
それでも、これはない。
タクトの気持ちよりも、この家に降りかかる災厄を潰さなければならない。
ガーネンシア家の女領主として。
「タクトくんの離縁手続きの準備をお願い。
それが出来次第彼を呼んできてちょうだい」
「準備は既にできてますので、タクト様をお呼びいたしますね」
「…わかったわ」
そういってタクトを呼びに行くセバス。
他の者たちも空気を読んで仕事場所を移動してくれた。
一人きりになった室内で、ヴィオラは祈るように手を組み唇から息を吐き出す。
「すごい…これは推しのためって大義名分で暴走するクソ女みたい…」
罪悪感が半端ない。
それでも、やらなければいけない。
(それいけ氷の女ヴィオラ。恨まれるなんて日常茶飯事!
事務的にいけ!!)
自分に言い聞かせてタクトを待つ。
セバスが彼を連れてきた頃には、意識はしっかり戦闘態勢の女領主になっていた。
「あの…お呼びとのことでしたが」
おずおず、とタクトが執務室に入ってくる。
今まで仕事中に呼び出すと言うことはなかったため、若干緊張しているようだ。
緊張している姿も可愛い。
「はい。まずはおかけになって」
「あ、はい!」
タクトが来客用のソファに腰をかけた時点で、セバスがタイミング良くお茶をだしてくる。
いつ用意したんだお前! と、突っ込みたいがもう今更だ。なんでも出来るハイパー執事はぬかりないのだ。
「勉強中に呼びつけて申し訳ありません。
実はお願いがあって」
「は、はい」
緊張とは伝染するものなのだろうか。
ヴィオラの硬い表情に釣られるように、タクトの表情も硬くなる。
セバスが気を遣って淹れてくれた香りの良いお茶でも、この緊張はほどけなかった。
「タクトさんのご実家、カネスキー家と正式に縁を切っていただきたいと思いまして」
「あ、なんだ。そんなことですね。
というか、まだ切れてなかったんですか? 僕てっきり切れているもんだと…あ、でもそういう書類とか書いていないから当然まだ縁切れてないですよね。
わぁ、気付いてなかった恥ずかしい…」
(あ、あれ? 思ってたのとなんか…違う?)
「えーと、何すればいいんですか?」
「あ、えぇと…」
あっけにとられているヴィオラの横で、セバスがテキパキと書類の説明をする。
「まずはこの部分にサインを。
あとこちらは拇印ですね。わからないところがあれば質問してくださればその都度ご説明いたしますので、まずはきちんと目を通して下さい」
「あ、そうですよね。書いたら縁が切れるんだなぁと思うとちょっと気が急いちゃいました」
「あ、あの…」
「はい?」
こちらの都合で振り回して申し訳ない、とか。それでも、縁をつないでいるという選択肢はないという説明とか。
逃げ場所を奪ってすまない、とか。
色々、ヴィオラは謝罪したかったのだが。
「ヴィオラ様はご家族と縁を切ることに大変心を痛めていたのですよ」
「えっあ、そうだったんですね。お気遣いありがとうございます。
でも、僕は平気なんで」
ヴィオラを安心させるようにはにかむ姿、マジ天使。
じゃなくて。
「よ、よろしいのですか?
縁を切ると言うことは、ガーネンシア家がイヤになっても帰る実家がない、ということになり…」
「全然大丈夫です。
ガーネンシア家がイヤになるっていう未来があまり浮かびませんし…何より、万が一イヤになったとしてもあの家に帰るという選択肢だけはありませんから」
そういえば。
タクトはいつからか、緊張はしているけど自然に笑ってくれるようになっている。
ちょっとずつ心を開いてくれているのだろうか。
推しの笑顔、とうとい。
少しの間放心していたヴィオラをよそに、セバスから細かい説明を受けていたタクトが全ての書類に必要事項を記入していく。
それらが一段落したあと、タクトはまっすぐにヴィオラを見つめてきた。
「僕はまだまだあなたを支えたりなんて、ほんと全然出来ないんですけど。
ちょっとでも支えられるように一生懸命勉強しますから、これからもよろしくお願いいたします」
「え、あ…はい。
こ、こちらこそよろしくお願いいたします」
椅子に座ったまま、お互い深々と頭を下げる。
(どうしよう、なんか…泣きそう。
推しがイキイキしてる世界、最高…)
潤む視界の理由を、とりあえず全て推しの尊さということにしておく。
高鳴る鼓動とか、顔に上った熱とか。
まさか人生初の、恋愛なんて、そんなことはたぶんきっとない。
閲覧ありがとうございます。
おかげさまで週間ランキングでも100位以内という嬉しいことが起きました。
完走までがんばりますので、面白いと思っていただけましたら評価やブクマをよろしくお願いいたします。
また、次作も頑張りたいと思っていますので「こんなの読みたい」なんていうのもありましたら感想までどうぞー