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11 女領主とやきもきする使用人たち


 タクトがマリアに心を開き、ほんの少し本心を話したあと。

 ガーネンシア家には激震が走った。


 この屋敷の主であるヴィオラがタクトを溺愛しまくっているということは、使用人全員が知っている前提条件のようなものである。そのため、まさかタクト本人が屋敷外の人間達と同じく「自分はお飾りの婚約者で、ヴィオラの本命は別にいる」と思っていることを知らなかったのだ。

 あまりの予想外の出来事に、屋敷の使用人達で緊急会議が開かれることとなった。


「…あの、まずお嬢様に伝えてみてはいかがでしょう?」


 おずおずと年若い使用人が提案する。

 それは確かにもっとも確実な方法だと言えた。

 だが…。


「それも考えたのですが、セバス様に禁じられてしまいました。

 『仕事もできない廃人になられては困る』と」


「あぁ~…」


 全員がなんとなく納得してしまう。

 これまで大切に大切にと扱ってきた人物に、そんな風に思われていたなんて知ったらそれだけで卒倒するかもしれない。

 今でこそ図太い女領主として名を馳せているが、昔から仕えてきた使用人達には幼いころのお嬢様が今も鮮明に思い出せる。あの頃に逆戻りされてしまえばガーネンシア家はたちどころにどこかの悪徳貴族に乗っ取られてしまうこと請け合いだ。


「ですが…使用人がそうではないと伝えてもいけません、よね」


「そうね。それは使用人の分を越えているわ」


「じゃあ…お嬢様からの告白を促すとか?」


「あの状態でできるかしら? 未だに素も見せていないのよ?」


「でも、正直なところタクト様にお嬢様の素を見せたらちょっとひかれそうな気も…。

 心優しい方ですから」


「あら、それはもうパーティの時に一端を見せたから平気じゃない?」


 使用人達の口は止まらないが手も止まらない。

 一応手の空いている使用人全員での方向性決定会議となっているが、話すだけでは時間ももったいないので各自繕い物などを持ってきて作業の片手間にやっているのだ。

 主だけでなく、使用人までもなかなかのワーカーホリックなガーネンシア家である。


「さりげなく、お嬢様のスケジュールをお伝えして、恋人なんかいませんよアピールする、とか?」


「それは効果的かもしれませんが…。

 なんていうか、タクト様って変な方向に自信満々なんですよね。自分が褒められたり愛されたりするわけがない、みたいな?」


「確かにそんなところあるわよね。生い立ちを聞いていると納得してしまうけれど…」


「そのあたりはもう根気よくやるしかないんじゃないかしら?

 あとは、お嬢様に事実を知らせず焚き付けるのみね」


「執務室常連メンバーがこの前ちょっと発破かけてくれたらしいわよ」


「じゃあ、それで事態が好転することを祈るのみね。

 正直ここ以上に働きやすい女性の職場なんてないもの、うまくいってくれなきゃ困るわ」


 特別にガーネンシア家が女性優遇、というわけではない。ただ、前世のヴィオラの理不尽な女性蔑視と戦ってきたバリキャリの記憶が、男女が区別された現状を受け入れられなかっただけで。

 実際のところ、女性と同じ扱いなんてやってられるかと出ていった男性も多い。

 その分くすぶっていた有能な女性達が働いてくれるようになったので結果オーライではあるのだが。

 そんなわけで、使用人達の結束も強いのだった。




「ぶえっくしょい、ちくしょうめーい!」


「…お嬢様、品がどうとかいう以前の問題すぎやしませんか?」


「なんだろ? 長湯して湯冷めしちゃったかしら?」


 使用人達があーでもないこーでもないとタクトとヴィオラをくっつけようと画策していた頃、寝る前の身支度をしていたヴィオラは令嬢にあるまじき豪快なくしゃみをしていたのだった。

 思わず控えていた使用人がツッコミたくなるほどに豪快だ。


「そういう問題では…。いえ、万一湯冷めしていることの方が問題ですね。

 何か温かいものを用意しましょう」


「薬湯は苦いからいやよ。

 そうね、ホットミルクがいいわ。これから寝ちゃうんだし、ちょっとだけハチミツいれてちょうだい」


「かしこまりました」


 ヴィオラがそう言うと、部屋の外に控えていた使用人が急いで廊下を歩く音が聞こえた。

 本当に、できた使用人たちだと思う。


「もうすぐ視察もあるから風邪とかひいていられないものね。いつもみんなには感謝しているわ。

 …それで、タクトくんはどんな感じ?」


 これはヴィオラの眠る前の日課である。

 一日の最後に推しの生活を聞いて、不便がなかったか確認するのだ。決してストーカー行為の一環ではない。たぶん。


「本当に素直なご気性の方のようですね。

 今まで学がなかったのは触れる機会が奪われていただけで、家庭教師の皆様も驚かれていましたよ。

 歴史を専門に教える先生からは『編入に問題なし』という太鼓判までいただいております」


「それホント!?

 よかったぁ、少しでも得意科目があるならイヤミも減るわよね」


 タクトは思いの外知識の吸収率がよいようだ。

 あるいは、今まで学んでいなかった分貪欲に知識を吸収しているのかもしれない。

 なんにしても、ヴィオラのなかでは苦手な分野である歴史が得意というのは嬉しい反面ちょっと羨ましくもあった。

 もともとのヴィオラも苦手な上、今のヴィオラは日本で勉強した記憶と混ざってしまい歴史的な知識はうまく引き出せないのだ。それでも、困ったことには今のところなっていないのでいいのだが。


「歴史だけでなく、他の教科の先生方からもまずまずの反応をいただいております。

 若干マナーに関してが苦手…というよりも、今までの暮らしと違いすぎて戸惑っているといった感じでしょうか」


「一代貴族のマナーとこっちだと微妙に違ったりするものね…。

 そこら辺は慣れてもらうしかないなぁ」


「そこで提案なのですが。

 夕食をテーブルマナーの練習として活用しないか? という話が出ておりまして」


「うげっ…」


 テーブルマナーは一朝一夕に身に付くものではない。

 手っ取り早く身に付けるなら日常に組み込んでしまうのが一番はやいというのはヴィオラもわかっている。そもそも、上流貴族は皆そうやって自然とマナーを身に付けてから社交界にでるのだ。

 だが、それは今からマナーを覚えるタクトはもちろん、ガーネンシア邸においてはマナーもへったくれもない状況に身を置いていたヴィオラにとっても大変な試練となる。


「ヴィオラ様タクト様ともに少食な方ですから、もちろん量には配慮しますよ」


「そりゃありがたいけど…肩凝るじゃない…」


 タクトの顔を見て食べられる夕食くらい美味しく食べたい、というのが本音だ。


「実はタクト様に先に相談したところ、最初はとても遠慮されていたのですが『お嬢様のためならば』と快諾してくださいましたよ?」


「順番逆じゃない? ねぇ、順番逆じゃない?

 いや、いいけど逆じゃない?」


 一応この屋敷の女主人であるのだが、どうにも使用人たちにいいようにされているような気がする。ただ、そういうときは結果を見れば最上だったりするので抗議もしづらい。


「はぁ…わかったわよ。やるわよぉ…。

 タクトくんのためならテーブルマナーの一つや二つ…」


「ちなみにお嬢様はタクト様の手本になりますので」


「うっわ、責任重大すぎる…。

 でも、やってやろーじゃないの」


 推しの笑顔のためならば!


「っていうか、本当にタクトくんが『お嬢様のためならば』って言ってくれたの!?

 そこのところ詳しく!!」


「あ、いいところでホットミルクが来ましたね。

 はい、明日もお仕事がありますのでそれ飲んで暖かくして寝てくださいねー」


「ねぇ、そこだけ! そこだけ教えてってばー!」


 結局いい笑顔のまんまの使用人に「今のことを明日の朝食時の会話の糸口にされてはいかがですか? そもそも対話が足りなさすぎます」と軽く説教をされ、答えを聞けぬまま就寝させられるヴィオラだった。

閲覧ありがとうございます!!!

お陰様で未だにランキングにのっています。

また、誤字脱字の指摘も大変ありがたいです。何度見ても見落とす不治の病なので助かります。

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