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10 少年の心境変化


「あの…僕にできることって、なんでしょうか…?」


 散々なパーティが終わった次の日のこと。

 タクトは、正式に自分付きのメイドになってくれたマリアに対してそんな質問をしていた。


「あら…突然どうなさったんですか?」


 タクトはガーネンシア家に来てからずっとオドオドしていた。まるで借りてこられた猫のような状態。もしくは、息を潜めて言われたことだけをこなす操り人形のような。

 その様子を見て、マリアはこっそりため息をついていたのだ。この分では、ヴィオラの片腕にはなりえないだろう、と。

 幸いにも女領主であるヴィオラが予想よりも優秀であったため、婚約者がお飾りでも問題はない。疲れた時の癒しになってくれればそれはそれで良いではないかと考え直して誠心誠意仕えていたところだった。

 だから、能動的に動こうとする姿に少しだけ驚いてしまったのである。


「えっと…昨日のパーティで、色々ありまして…」


「えぇ、聞き及んでおります」


 使用人間でも情報の共有は大事だ。

 不用意なことを口にしないためにも、最低限の情報は全員が知っている。


「はい…僕が、失敗してしまったからあんなことに…」


「失敗など…確かに注意不足はあったかもしれませんが失敗にはなりませんよ。

 それに、お嬢様は気にしておられないかと」


 確かにタクトに非が全くなかったかと言えばそうではない。もう少し警戒して然るべきではあったのだろうと思う。だが、相手の身分が上で、しかも狙ってやってきているのだから回避しようがなかった、とマリアは聞いていた。


「でも、助け船がなかったらヴィオラ様の評判に傷がついてしまったかもしれないんです」


「お嬢様は今更風評被害があったところで…」


 今でも十分悪役令嬢のようなものだ。

 革新的なやり方は、頭の固い連中にとってはどうしても受け入れがたい。ヴィオラはいつもそう笑って受け流しているし、使用人たちもその心構えで仕えている。『数年後笑っているのはどちらだろうか、とか考えて鼻で笑ってやればいいのよ』とはヴィオラ本人の言葉である。本当に、あの高熱を出した日からヴィオラは別人のようだ。


 そういえば、高熱を出す前のヴィオラはどことなく今のタクトに似ている気もする。


「で、でも…やっぱり僕のせいでそんな評判が立つのは申し訳なくって…」


「さようでございますか」


「あの…僕は最初、ううん、今もちょっと、なんですけど。

 何故僕が婚約者に選ばれたのかが不安で、嫌われないようにしなくちゃってずっと考えてて…」


 そこまでタクトが口にしたことによって、マリアは今は言葉をはさむべき時ではないと理解した。

 昨日のパーティで何があったか、詳細なことまでは聞いていない。

 けれど、昨日の出来事でタクトの中の何かが変わったらしい、ということが伺えた。


「でも、まともに人と話したことがないから、黙って言うことを聞いているしかできなくて…。

 今も、全然うまく言えないんですけど…」


 ゆっくりと、自分の考えをまとめながら言葉を繋いでいくタクト。

 懺悔のような、決意のようなソレを聞かせてくれるということは、マリアはタクトにとってそれなりに信用できる人物だと思ってもらえたようだ。

 この家に来たばかりの頃は、誰を信じていいかわからない迷子のようだったのに。


(若い子の成長は早いものですね)


「昨日…ヴィオラ様は僕のためにとっても怒ってくれたんです」


 その様子を思い出したのか、ほんの少しはにかむタクト。

 悪鬼羅刹か修羅のごとく、とセバスは表現していたのだが、もしかしたら彼にはまた違った風に見えていたのかもしれない。


「こんな、本当に足手まといでしかない僕のために…。

 僕なんか、どうやって嫌われないようにすればいいか、とか考えていたのに…。

 そんな風な自分が、恥ずかしくて」


 はにかんでいた表情から一転して、苦しそうな表情になる。

 感情のふり幅が小さいのかと思っていたが、今までのタクトは抑圧していただけなのかもしれない。育ってきた環境を考えるのならば、それも当然に思えた。

 話に聞くだけでも酷い状況。まともな愛情など注いでもらっていないことは明白だった。

 だからこそ、自分のために真剣に怒ってくれたヴィオラに好感を抱いたのだろう。たとえその時の様子が悪鬼羅刹であっても、彼には女神のように見えたのかもしれない。…それはちょっと目薬かなにかを与えたくなってしまうが。


「ヴィオラ様に、相応しい…というとおこがましいんですけど。

 せめて、ああいう場で隣に立っていても邪魔じゃない人間に、なりたいなって…思って…。

 でも、本当に恥ずかしい話なんですが、僕は学がなくて…何からしていいかわからなくて…」


「なるほど。それで先ほどの話に繋がるのですね」


 なんともいじらしい話だ。


「はい。前は捨てられないようにしなきゃ、ってばっかり考えていたんですけど。

 役に立てるように、なりたいなって」


 まだまだ自信なさげではあるし、覇気もない。

 けれど、タクトは変わろうとしているようである。ならば、それに全力で手を貸すのが専属使用人の役目だ。

 今まで接してきた中でも、彼の善良さはわかっているつもりだ。

 そもそもあんな劣悪な家族環境に身を置いてきたにも関わらず、彼の心根は奇跡的にまっすぐ育っている。普通ならばグレたり世を儚んでもおかしくはない。そのお陰か、彼は何事も吸収するのが早かった。


(このまま成長するのであれば、数年後には立派な名領主夫婦になっているかもしれませんね)


 そんな期待すら抱けるほどに。

 もちろん、問題はまだまだまだまだ山積みではあるが。


「そのお気持ちが何よりの宝でございますよ。

 それに、今の生活を続けていれば自ずと教養も身に付いていきます。焦らずとも大丈夫ですよ」


 実際問題、そのようにスケジュールが組まれている。負担にならないように、とヴィオラから厳重に言われているので厳しくはないはずだが。もし、本人がやる気に満ちているのであれば、物事の吸収力も更にあがるだろう。


「そ、そうでしょうか…。本当に、僕は至らないから…」


 一番の問題はこの自己肯定感の低さだろうか。

 ヴィオラが努めて暴走しないように、としている弊害かもしれない。

 使用人たちから見れば、ヴィオラの溺愛っぷりは頭がおかしいと言いたくなるくらいなのだが、タクトの前ではそんな様子はおくびにも出していないのだ。そのせいで、タクト本人は愛されている実感がイマイチなのかもしれない。


「そんなことはございませんよ。

 それに、今でも十分に頑張っております。これ以上頑張って熱でもだしたら、その方がお嬢様は心配してしまいますよ」


「あ…そうですね。僕のことでお手を煩わせるわけにはいかないですもんね」


 微妙に話が食い違う。

 ただ、この手の話題に使用人が口を出すのはあまり好ましくないのも事実だ。

 時間がくれば解決するだろう、と暢気にマリアが思っていられたのはタクトの次の言葉が出てくるまでだった。


「お嬢様が恋人さんと過ごす時間を、僕なんかが奪ってはだめですよね。

 最近タダでさえお忙しそうですから。

 僕はちゃんと、手のかからない婚約者でいないと…」


「…へ?」


 使用人にあるまじきことではあるが、マリアは思い切りあっけにとられた表情を表に出してしまう。


 お嬢様の、恋人?

 あの男嫌いと評判で、そもそも仕事関係以外の男を近づけもしなかったお嬢様の…恋人?


 頭の中が?マークで埋め尽くされている間に、タクトは気を取り直したようだ。


「今日からはまた編入のための勉強が再開されるんですよね。

 僕、勉強って嫌いじゃないみたいです。新しい知識が増えたら、もう少し役に立てる婚約者になれるかな…なんて思うんですよね」


 天使のような笑顔で、そんなことを言うタクトにマリアは二の句がつげなかった。


(…こ、この勘違いはどう正せば…?)


 状況を整理するに、どうやらタクトはヴィオラには婚約者になれない恋人がいる、と思い込んでいるようだ。

 確かに、そんな根も葉もない噂が飛び交っているのは知っていたが、まさか当人がその噂を信じ込んでいるとは思わなかった。

 新たな知識を得られると楽しそうなタクトの傍で、マリアは頭を抱えるのだった。

 


閲覧ありがとうございます!

お陰様で週間ランキング100位に食い込むことが出来ました。

更に上を目指したいと思っていますので、少しでも面白いなと思って頂けましたら評価やブクマをよろしくお願い致します!


誤字脱字指摘も大歓迎です!

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悪役令嬢とヒロインに転生してしまった双子が死亡フラグを粉砕するべく奮闘します
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