表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/16

1 女領主の一目惚れ

16話完結予定。本日は夜も更新します。


(漣斗きゅんじゃないか…)


 華やかな夜のパーティ会場で、女性侯爵であるヴィオラ・ガーネンシアは目をまん丸く見開いていた。

 本来であればこういった古ダヌキの多い場所で、自分の感情を悟らせるような真似はご法度である。しかも、この国でも珍しい女領主という危うい立場のヴィオラはなおさらだ。

 一応その事は頭の隅にはあったようで、さっと扇で顔を隠し平静を装う。幾人かに見られてしまった可能性はあるが、そこはもう割りきるしかない。


 ヴィオラ・ガーネンシアは転生者である。たぶん。


 何故たぶんなのかというと、死んだ記憶がこれっぽっちもないからだ。なので、転生ではなく憑依とかいう現象なども考えられる。が、とにかく分かりやすいように転生と定義しておく。

 気がついたら、この異世界の19歳女領主という立場にあったのだ。

 前世(と言っていいかわからないが)は、現代日本で趣味と仕事に生きるアラサー女子だった。アラサー女子の記憶と、この世界のヴィオラの記憶、両方ともが頭の中に渦巻いていて、自覚したときは相当混乱したものである。混乱しすぎて思い出したときには3日ほど寝込んだくらいだ。

 前のアラサー女子のヴィオラはバリバリのキャリアウーマンだった。働いた金を、趣味の漫画アニメゲームにつぎ込むという生粋のオタク女子でもある。お一人様ではあったが、とても充実した人生であるという自負があった。これからも程々に稼いで余暇を趣味に費やす、というサイクルは変わらないだろう、と信じていた矢先の出来事が、これ。人生どうなるかわからないとは良く言ったものである。


 で、漣斗きゅんである。


 漣斗きゅんとは、前のヴィオラがドハマりしていた乙女ゲームのキャラクターのことだ。舞台が現代日本であるはずなのに、優しい色合いの金髪と少し垂れた茶色の瞳が特徴の心優しい少年である。攻略対象の中では年下キャラにあたり、ちょっぴり計算高く甘え上手ながら実は隠れた努力家なのだ。こう説明すると属性盛りすぎだろ、と思うがそれを感じさせない奇跡のようなバランスがあり、感謝のお布施をせずにはいられないくらいだった。事実、前のヴィオラはかなりの額をお布施をした。世界は推しへの愛で回っている。生まれてきてくれてありがとう、推し。

 ゲーム内でも彼のおねだりに屈した乙女は数知れず、しかしおねだりに完璧に屈してしまえばトゥルーエンドルートには辿りつけないという鬼畜仕様の難易度もまた魅力。年下小悪魔タイプだが、彼に貢ぐのであれば本望だというお姉さまが熱を上げた。前のヴィオラも当然ながらその一人である。

 そのキャラが、目の前にいたのだ。どうして興奮せずにいられるだろう。唐突に語彙力の溶けた奇声を発しなかっただけでも表彰モノだ。


(でも、どことなく顔色が悪いわ…。

 頬もコケているし…。どこのどいつだ! 私の推しに酷いことしてんのはぁ!!)


 彼は漣斗きゅんではないし、漣斗きゅんは彼女のものではない。

 内情はどうあれ表面上は華やかな夜会の中で、彼は誰にも気配を悟られないようにとでも言いたげにひっそり佇んでいた。まるで厄介な上司の相手をさせられないように、飲み会で気配を消している前のヴィオラのようだ。

 目の下にはクマ、体型に合っていない似合わない礼服。どこをとってもこの夜会という場には相応しくない。

 だが、彼女の心の声にツッコミを入れられるような人物はどこにもいなかった。

 特にヴィオラは、このグレイスクル国の中でそこそこの位についている。万が一アホな心の声が誰かに聞こえていたとしても、表立ってツッコミを入れられるものは限られるだろう。ヴィオラのガーネンシア家は領地自体は広くないものの、国の要所を預けられている一族なのだ。そんな重要領地の当主が何故女でしかも年若い(ヴィオラの肉体年齢は19才である。中身はアラサーだが)人間に預けられているのか。それは半年ほど前に起きた不幸な事故のせいだ。

 もともと、ヴィオラという少女は引っ込み思案な女性だった。淑女としての教養は完璧ではあるものの、気が弱くこの歳になるまで身を固めることもできなかった人物。ちなみにこの国の女性は15にもなれば婚約者がいておかしくなかったし、学校を卒業する18歳時に結婚するのが普通だ。そんな彼女に、自分の選択ひとつで大勢の人間が左右される領主など勤まるわけもなく、趣味の刺繍と読書だけで過ごしていきたいという少女だった。

 彼女が身を固められなかったのは、親バカである両親の影響もある。一人娘のヴィオラが安心でき、なおかつ将来的にはガーネンシア家の領地を任せられる人物となると相当限られてくる。いっそのこと外部から優秀な人間を養子にとり、ヴィオラには自由に恋愛をさせてやろうか、という話が出た矢先、彼女の両親は事故でなくなってしまった。

 そのことに嘆き悲しみ、そして領主としての責任が急にのしかかってきた気弱な少女ヴィオラ。正直、今のヴィオラであれば「甘ったれてんじゃねぇ!」と喝を入れていたところだろう。しかし、そんなことは出来るはずもなく、彼女の心は死んでしまったようだ。そこに、何故だかはわからないが現代日本で働くアラサーの魂がスルリと入り込んだ、というのが事の顛末だ。

 記憶の混乱を整理するのに数日要してしまったが、その後生まれ変わったヴィオラの行動は早かった。伊達に女手一つで何人もの推しに貢いでいたわけではない。両親がいなくなった今、是非とも自分または自分の子供を婿にという欲に目が眩んだ貴族はたくさんいた。それらを切って捨てちぎっては投げ、新領主としての手腕を見せつけた。世間からは「人が変わったようだ」と評されているらしいが、ぶっちゃけ事実である。

 もちろん、彼女一人の功績ではなく優秀な執事と信頼出来る屋敷の人間がいたから出来た荒業だ。そんな裏事情はありつつも、こうしてヴィオラは未婚の女領主として世間を黙らせた。しかし、隙を見せればまた何人でも牙を向いてくるだろうことは想像に難くない。そういった状況なので、万が一にもこの内心の動揺を悟られるわけにはいかないのだ。

 しかしながら、元気のない推しを放っておくことも、彼女にはできなかった。


(ヴィオラの記憶の中に、漣斗きゅんそっくりの彼のデータはないわね。

 あったら絶対覚えてるだろうし)


 と、いうことは、彼は社交界においてはあまり重要視されていない人物だ。それもそうだろう。もし重要人物であるならば、あんな不格好で全然似合っていない礼服を着ているはずがない。大方どこかの誰かのおさがりだろうソレ。しかも、型を見るにかなり流行遅れだ。そのくらい、彼はないがしろにされている。


(私ならもっといい感じにコーディネートするのにぃ!

 っていうか、そもそもあの顔色の悪さもオドオドとした態度も漣斗きゅんの良さを殺してるじゃない!

 いや、彼は漣斗きゅんじゃないんだけど、彼のようなビジュアルを持った美少年は須らく笑っているべきじゃない?

 そうよ、そうに決まっているわ!

 男女問わず美形は人類の宝よ! 特に脂ぎった狸オヤジの多いこんな場所は特に見目麗しい少年って貴重じゃないの!)


「セバス」


「はい、お嬢様」


 声をかけるとどこからともなく初老の執事が現れる。

 彼はこの家に仕えている、意味がわからないくらい優秀な執事だ。幼い頃から世話になっているはずなのに、名前と優秀なことしかわからない。ガーネンシア家七不思議のような存在だ。ただ、優秀さは折り紙付きで、彼がいなければ前領主亡きあとガーネンシア領は持ちこたえることができなかっただろう。というか、セバスが全権握ったほうが早かったんじゃね? とさえ思える人物だ。あくまで執事を貫き通す彼がいてくれてよかったと思うことは、この短い転生人生の中で数百回に及ぶレベルである。

 その彼を呼んだ理由は一つしかない。


「あの少年のことを調べてちょうだい」


「あの、と言いますと…?」


「あそこの隅で必死で存在を殺してる、不格好な服を着せられた美少年よ」


 指をさすわけにも行かず、特徴と場所を口頭と目線で伝える。

 誰かに聞かれるわけにも行かないので、扇で口元を隠しながらだ。それでも主人の声を聞き逃すことのない優秀な執事は漣斗きゅんのこともバッチリわかってくれたらしい。


「確か…カネスキー男爵家の四男、でしょうか。家の恥にもなりかねないあのような恰好で連れてくるとは、いやはや…噂通りというべきですかな」


「その噂、初耳なんだけど。どんなよ」


「お嬢様の耳に入れるのであれば、きちんとした調査をした方が良いでしょう。

 ただ、予測はつきますでしょう?」


「まぁ、ね」


 ヴィオラでも断れない夜会の誘いに、わざわざ不格好な姿で連れてくる。そんなバカな真似をできるのは、おそらくとんでもなく大馬鹿で先を読めない家族がいるからだ。

 通常の感覚であれば、あのような恰好の人間をこういった場所に連れてくること自体「我が家は家の者にまともな恰好もさせられないほどに困窮しています」と晒しているようなものである。それなのに、あの状態で放置しているということは、既に狂って常識がなくなっているのだろう。何に溺れたかは知らないが、まともでないことだけは確かだ。


「で? 一応お聞きしますが、調べた情報はどのように活用するのですか?」


「…少なくとも彼をあの状況に置いておきたくないだけよ。今のところはね」


 推しが理不尽な目にあっているのであれば助けたいと思うのは当然の心理だろう。しかし、自分よりも格が下の男爵家とは言え、理不尽な振る舞いを自分がしてしまえば、それは後々大きなツケとなって自分に跳ね返ってくる。それは、ヴィオラも重々承知だ。

 それでも、なんとかできるのであればしたい。

 だって、推しとそっくりなのだから。


「一番反動の少ない手段は、お分かりですね?」


「わ、わかってるわよ」


 いい歳をした独り身の女領主が少年を家族から引き離す。

 それが、どういう意味を持つかは十分理解しているつもりだ。


「覚悟の上であるのでしたら、打開策も含め調査をして参りましょう」


「頼んだわよ」


「お嬢様、口調」


「…頼みましたよ、セバス」


 ヴィオラの体に染み付いた淑女教育のお陰で、立ち振舞いにはあまり困らない。困るのはポロリと出てきてしまう前世そのままの女性らしくない口調だ。そこをセバスに指摘されて眉をしかめながらも訂正する。

 その様子にセバスは満足したようにうなずき、その場をあとにした。彼ならきっと数日もかからないうちに全て調べあげてくれるだろう。

 漣斗きゅんのことは心配だが、今は手を差しのべられる状況ではない。後ろ髪を引かれながらもヴィオラは完璧で鉄壁な女領主としてパーティをやり過ごすのだった。

閲覧ありがとうございます。

少しでも面白いと感じて頂けましたらブクマや評価よろしくお願い致します(ランキングのってみたーい!)

誤字脱字誤変換よくやってしまうので、指摘していただけると喜びます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作連載始めました

新作『ヒロインと悪役令嬢になったのでフラグを叩き折ります!』連載始めました
悪役令嬢とヒロインに転生してしまった双子が死亡フラグを粉砕するべく奮闘します
恋愛フラグもたたき折る気満々! ※ただし恋愛は2章からスタート

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ