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第四章

 第四章 それは鏡に映った過去と現在



 明希にあたり散らしてしまったあの日の夜、次の日曜日に会おう、と明希から誘われて、私は今駅前で待っている。

 そして待つこと数分。人混みの向こうから明希の姿が見えた。

「立ち話もなんだし、どこかファミレスにでも入ろうか」

 碌に挨拶を交わすこともなく、いつもに比べて遥かにテンションの低い明希がそこにいた。

「うん、そうだね」

 促されるがままに明希の後ろをついて歩き、最寄りのファミレスへと入る。

 お互いにドリンクバーの飲み物を取ってきて、向かい合って座るが何をどう切り出せばいいのかわからず、沈黙を誤魔化すために飲み物を啜る。

 そんな静謐を打ち破ったのは明希だった。

「ねえ、どうして私が貴女を呼び出したのかわかる?」

 滔々と流れ出た言葉。無機質なそれに気落ちしそうになった。

「ごめんなさい。明希は何も悪くないのにあたってしまって」

 私に思い当たることはそれしかなかった。嫌がらせを仕掛けている張本人でもない明希にあんなことを言うのはお角違いもいい所だった。

「ああ、別にそれに関しては何も思っていないし、貴女に謝ってもらう必要もないから気にしなくていいよ」

 気にしていないというにはあまりにも無感情すぎて、怒っているようにしか思えなかった。

「それと勘違いしているようだから言ってあげるけれど、腹を立てているからこんな喋り方をしているわけでもないの。まあ、別に腹を立てる理由はあるけれども、それとは関係なく、もう貴女の前でキャラを演じなくてもよくなっただけよ」

「……え? 今なんて?」

 明希の予想外の発言に思わず聞き返していた。

「だから言ったでしょ? 演技を止めただけよ。普段の私はあんな風にテンション高くないってだけのこと。だから貴女は罪悪感を抱えたままで普段通りにしていればいいのよ」

「言っている意味がわからない。演技ってどういうことよ?」

 何が、どれのことを言っているのか理解が追い付かない。

「貴女と初めて言葉を交わしたあの時から始まっていた演技を止めたって言っているの。それに、私が何を演じていたとしてもどうでもいいでしょ?」

 今でもはっきりと思い出せるあの『おはよう』と声を掛けてくれた瞬間ですら偽りと言われ、私の中に存在していた明希という存在が根底から否定されていた。

「そんなことよりも、今日私が貴女を呼び出した理由を教えてあげようと思うの。その様子じゃ心当たりはなさそうだけれど、どうしてだかわかる?」

 碌に言葉を出す気力もなく、ただ首を横に振る。

「貴女がいじめられてる理由を教えてあげようと思ったのよ。訳も分からず腫れもの扱いされている姿はもう十分に見させてもらったし、答え合わせをしてあげようってね」

 私がいじめられているのを知っていた上でそれを楽しんでいた。明希はそう言っていた。

「そんなの理由は単純明快よ。クラスで人気者の私に、特に何もしていない貴女が何故だか異様に好かれていて嫉妬しているの。理由なんてそんな陳腐な物よ。まあ、貴女が嫌われるように色々としてはいたけれど」

 友達と仲良くしているだけで、こんな目に会うなんて意味がわからない。

「小さな積み重ねでこの状況を作ったのだけれど、決め手になったのは夏休みね。他の子から遊びに誘われたとしても、先に貴女と遊ぶ予定が入っていた、と言って何度か断ったのが結構効いたようね。これには心当たりがあるでしょ?」

 そういわれて思い出したのはクラスメイトの素っ気ない態度だった。いつもは多少の距離感を感じつつもそれなりに話したりしていたのに、夏休みを過ぎてからは距離が更に離れたように感じていた。

「今まで執拗に貴女にくっついていたのも、二人っきりになる機会を作っていたのも、全部こうなってくれるように仕向けたことよ。丁寧蒔いた種が芽吹いて、果実をつけた。ようやく待ち望んでいた成果を得られたのだから、貴女を手助けする気持ちなんて、ひと欠片も持ち合わせてないよ」

 怒涛の真実に押しつぶされそうになっていた。それでも、

「……どうしてそんなことを?」

 消え入りそうな声で絞り出した。

「そうね、ならヒントをあげましょう。私の名前を言ってみてよ」

 名前? それが一体何のヒントになるというのだろうか。

「明希でしょ。加賀明希」

「そう、その通り。今の私は加賀明希。でもね、昔は違ったのよ。それを貴女は知っているはずよ」

 昔は違った。それを私は知っている。そういわれて一つの記憶が蘇っていた。

榎本えのもとアキ」

 呟いたその名前。それは今の今まで忘れていた、小学生の頃に転校していった友達の名前だった。

「あら、覚えていてくれたなんて光栄ね。あの二人は綺麗さっぱり忘れていたのに」

 二人、と言われて嫌な予感がした。

「もしかして、舞香と音々の言っていたアキって明希のことなの?」

 震える声で尋ねる。

「塾で出会ったとか言ってるのなら、そのアキは私のことね。二人にはちゃんと苗字が変わる前の榎本で自己紹介したんだけれど、思っていた通り私のことなんて見事に忘れ去っていたようね」

 次々と矢継ぎ早に出てくる情報に私の頭は混乱しかかっていた。

「一体なんでこんなことをしようと思ったの? それにどうやって二人を見つけたの? 二人が今どうなっているのか何か知っているの?」

 思いついた言葉を次々と明希にぶつける。

「少しは自分で考えたら? まあ折角だし講釈を垂れてあげましょうか。まずは動機だけれども、貴女達への復讐よ。これは私の苗字を思い出せたのだから、貴女の中に思い当たる節があるでしょう?」

 思い当たる理由は、あった。それでもそれは私の口からは話したくない。

「言いたくなさそうだから言ってあげるけれど、小学三年生の時、あの二人から受けたいじめが原因で私は転校することになったの。転校を切っ掛けに両親の間に亀裂が入ったりして、中学を卒業する前には離婚をしたの。復讐をしようと決意するには十分な理由があるでしょ?」

 明希はグラスの中の氷をかき回しながら話を続ける。

「それで、どうやって二人を見つけたかだったっけ? そんなの簡単よ。あの二人は訊いてもいないのにSNS上で自分たちの個人情報をバラまいていて、その中で通っている塾がわかったから近寄ったの。それに私は優しいから、二人を許すチャンスも与えたんだよ。榎本明希と名乗った時に、謝るならそれで許そうって決めていたんだ。まあ、でも結果はご覧の通りね。ちなみに私があの女子校に行くって決めたのは、あの二人から貴女がそこを受けると聞いたからね。これに関しては馬鹿を演じてまで二人に近寄った価値があったかな」

 グラスの中で溶けた氷を啜って、明希は最後の質問に答える。

「それであの二人が今どうなっているかだったっけ? 正確にどうしているのかは知らないけれど、少なくとも学校には行っていないようね。二人のクラスメイトっぽい人たちのSNSで学校に来てないって呟かれているね。それで、原因になったのがこれでしょうね。ネット上で見つけたのだけれど、ちょうど貴女の誕生日に撮られた動画よ」

 そういって明希がスマホの画面を私に向けてきた。

 映っている映像は、舞香と音々の上に覆い被さっている男の姿。その先は見たくなくて画面から目を背けた。

「あの男たちがこんな映像を流出させたことが原因でしょうね。ここまで想定通りに事が運んでくれるとは思ってもいなかったけれど。私と貴女が楽しく遊んでいたあの時に、二人はこんなお楽しみをしていた、と思うと痛快ね」

「明希っ!!」

 私の誕生日以降連絡が取れなくなっていた二人が、明希の所為でこんなことになっていて、更には馬鹿にされて、声を荒らげずにはいられなかった。

「貴女に、貴女達に私を責める権利があるの? それに結果がああなったとはいえ、私はあの二人が望んでいたことをしただけよ。自ら火中の栗を拾いに行ったけれども、願った結果を得られなかっただけの話じゃない。回避することもできたのに、目先の欲に目がくらんだ哀れ物を嘲って何が悪いの?」

「だからって、そんな酷いことを――」

 しなくてもいいじゃん、と続けようとしていた私の言葉はさえぎられた。

「なら二人がしていたことが酷くないとでも言うつもり? 少なくとも私は二人がしてきたことに比べればかなり優しく、明確な逃げ道まで用意しているのよ? こんな温情な復讐者なんて早々いないよ。私はね逃げ道がない学校という檻の中で、くだらない理由で、二人からいわれない暴力を受けていたの。来る日も来る日も必要に殴られて、持ち物はどこかに消し去られて。今貴女が受けているものよりも遥かに苛烈な目に合っていたの」

 感情薄く語られていた言葉が次第に強くなっていく。

「靴が濡れていただけで不幸ぶらないでよ。裸足で帰った人の気持ちが貴女にわかるの? 高々一時間教科書がないだけで不幸ぶらないでよ。大切にしていたものを無くされる気持ちが貴女にわかるの? 貴女が味わっている苦痛なんてすべて私が受けてきたものの下位互換でしかないの。いじめる人がまだ理性的なお陰で、貴女はこの程度で済んでいるのよ」

 荒い口調で言い終え、明希はグラスに残っていた氷をかみ砕く。

「それにあの二人への復讐は概ね満足が行ったけれど、貴女へはまだ終わっていないからね」

 その死刑宣告を気化され、背筋が凍った。

「別にそんなに身構えなくっていいよ。私から貴女に直接何かをするつもりはないから。あの二人と同じになりたくなんてないもの。だから私は貴女が私にしてきたことと同じことをするの。友達がいじめをしていることを知っていながら見て見ぬふりをするの」

 それはまだ明希が榎本を名乗っていた頃に、私がしていたことと同じだった。

二人が榎本さんをいじめているのを知っていたのに、止められなかった苦い思い出だ。

「そういえば貴女はどうしてあの二人が私をいじめていたのか、その理由を知っている?」

 言われてみれば、いじめていたのは知っていたが、その理由は知らなかった。だから首を横に振る。

「理由なんて本当にくだらない物よ。あの二人はね、貴女が私と仲良くしているのが気に食わなかったの。三年生になった時のクラス替えで、名前順でたまたま前にいた貴女と仲良くなっただけで、貴女を独占したいがために私を追い払ったのよ。まるで今と鏡写しみたいで笑えるわね。まあ同じ思いを味合わせようと思って、こんな回りくどい手段を選んだのだけれど」

 想像だにしない理由に絶句していた。それでは二人が明希をいじめていた理由の根本が私にあったわけだった。

「でも安心して、貴女には少なくとも一人は見方がいるのだから」

 味方と言われてもクラス内にそんな人間がいるようには思えなかった。

「あら、わからないんだ。それもそうかな。その味方っていうのは私なんだしね」

「どういうことよ」

 倒すべき悪だというのならまだしも、どう考えても明希が味方とは思えなかった。

「貴女のいじめがあの程度で済んでいるのは、私がいつも貴女の傍にいるからだよ。私の目の前でお気に入りの貴女に表立って何かをすれば、自分が嫌われてしまう。そんなのは嫌でしょ? だから貴女は私の傍にいる限りはこれ以上の仕打ちに会うことはないの。逆に言ってしまえばこれ以下の仕打ちもないのだけれどね。この現状を受け入れ続ける他はないのよ」

 いじめから逃れる為には、いじめの中心となっている人の傍にいないといけない。そんな矛盾が選択肢として目の前にぶら下がっていた。

「そういえば、私のあげた誕生日プレゼントは大事にしてくれている?」

 唐突に訊かれたどうでもいいそれに、苛立ちを覚えながら答える。

「うん、飾っているよ」

「そう、それは嬉しいわね。貴女にあの造花を贈るときに言った言葉って覚えている?」

 今となってはもうどうでもいいけれど、貰った時は本当にうれしかったから覚えている。

「友情の印だったんでしょ? こんな偽りだらけの」

 出会った時からすべてが嘘だったとは、今でも信じたくはなかった。

「ええそうよ。ピッタリでしょ? だって黄色い百合の花言葉はね〝偽り〟なの。偽物の花に偽物の友情。これほど私たちにお似合いな花なんて早々ないよ」

 そういうと明希は立ち上がった。

「それじゃ、私は言いたいことを全部言わせてもらったし帰るね。バイバイ、明日からは仲良くしようね」

 そんな偽りしかない言葉を残して明希は消え去った。




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