表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

第一章

 第一章 きっとその時から始まっていた。



 新生活が始まる四月。小、中学校を一緒に過ごしてきた親友二人とは初めて違う学校に通うこととなってしまった。その上、誰も知り合いの居ない高校生活の始まりに緊張し、戸惑いながら自分の席で入学式が始まるのを待っていた。

 誰も知り合いの居ない孤独感に押しつぶされてしまいそうになっていたその時、私の隣に誰かがいて声を掛けてくれた。

「おはよう!」

 その明るい声色に引っ張られるかのように伏し目がちになっていた顔が持ち上がり、声を掛けてきた彼女の方を見上げていた。

「あっ、おはようございます」

 引きつった笑顔になっていないだろうか、と心配しながらもどうにか挨拶を返せた。

「私は加賀かが明希あき、貴女は?」

 黒い髪の奥に覗く双眸が私に優しく微笑みかけていた。

鵜飼うかい咲奈さなです」

 学校に着いてからの初めての会話に声色が硬くなっていたかもしれないけれど、ちゃんと自己紹介はできたと思う。

「咲奈さんっていうのね。私のことは明希って呼んでほしいなぁ」

 彼女はそう言いながら私の手を両手で包み込んでいた。

「えっ、あ、はい」

 突然のスキンシップに戸惑ってしまった。

「そうじゃなくって、私の名前呼んでほしいな」

 私の手を包む力が少し強まり、笑顔の彼女の顔が私に近づいてきた。

「よろしくお願いします。明希さん」

 あまり自分から交友関係を広げるのが得意ではない私にとっては、明希さんみたいに積極的な人はありがたかった。

「そうだよね、これからよろしくだよね、咲奈さん」

 自己紹介も一息つき、困惑気味だった頭の中もやっと冷静になり始めていた。

 落ち着きを取り戻し、ちゃんと見れていたなかった明希さんの顔を見つめる。

 癖っ毛の私から羨ましい長くてサラサラな黒髪に白い肌。大きな二つの瞳は私をしっかりととらえていた。

 そんな明希さんの姿を見て頭の中に何か引っかかるものがあった。

「あの、明希さんと前に会ったことってありませんでした?」

 初対面だというのに思わずそんな言葉を口にしてしまった。

「えー、それってなんだかナンパみたいだね。咲奈さんって意外とやんちゃだったりするの?」

 自分でもそんなことを思っていたので、口にしてしまったことを後悔していた。

「あの、違うんです。なんでそんなこと思っちゃったのかな?」

 昔から友達が多い方ではなかった私にそんな人がいるとも思えないのに。

「私がよく見るような感じの顔立ちをしているから、そう思ったんじゃない?」

 こんなに整った顔立ちの人がそこら中にいるわけはない、と思いつつも話を合わせる。

「そうかもしれないですね。きっと私の勘違いなので忘れてください」

「うん、わかった」

 と、明希さんは頷いて、それはそうと、と続けて話題が変わるようだ。

「咲奈さんはこの学校に他に友達はいたりしないの? 私入学に合わせってこっちの方に引っ越してきたから誰も友達いないんだよね。だから、誰か友達がいたら紹介してほしいなって思うの」

 これからどんどん友達が増えることを想像しているのか、明希さんは楽しそうな表情を浮かべている。

「残念ながら私の仲の良かった人とはみんな違う学校になってしまったので、紹介できそうな人はいないんです」

 もしかしたら同じ中学だった人がいるかもしれないけれど、私の狭い交友関係の中には該当する人は思い当たらなかった。

「そう、それならこれからどんどんみんなと仲良くならないとね。やっぱり友達は多い方が楽しいもんね」

 屈託のない笑顔でそんなことを言える明希さんはきっと中学校でも友達が多かったのだろう、と勝手に彼女の過去を思い描いていた。

「そうですよね。やっぱり友達は沢山いても困らないですよね」

 折角心機一転したのだから、大勢とはいかなくてもそれなりに友達を作る努力はしないといけない、と自分を鼓舞してみる。

「そうよ。それと、私と咲奈はもう友達なのだから、その丁寧な感じの口調ももうお終いにして欲しいなぁ」

「あ、ごめんなさ……ごめんね」

 丁寧口調で対応した方が初対面の人とも会話がしやすいからそうしていたけれど、友達相手にこの話し方では距離感があるし、これからは気を付けないと。

「うん、それでよし」

 明希さんは微笑みながらそう言って、私の手を引っ張り上げてきた。

「ということで、友達作りの旅に出るよ。ほら立って」

「えっ? ちょっと待って!」

 抵抗する間もなく明希さんに連れられて、クラスメイトに話しかけに行っていた。


 ◇◆◇


「こんな感じで、入学したその日から明希さんに振り回されたけれど、友達はちゃんとできたかな」

 入学してから迎えた初めての日曜日、私は小学校からの友人である舞香まいか音々(ねね)と一緒に近所のファミレスで学校での出来事を話していた。

「いや、本当によかったよな。咲奈は昔っから引っ込み事案だったから友達ができないんじゃないかって心配だったんだよ」

 舞香は心配事が一つ消えてか安堵の溜息を漏らしていた。

「そうそう、中学の時も結局私たち以外の友達って殆どできていなかったじゃん。だから別々の高校で上手くやっていけるのか不安だったけれど、問題なさそうだな」

 音々はそう言って、ドリンクバーで入れてきた飲み物を口にする。

「それはそうと、私は二人が髪の毛を染めたことに驚きを隠せないんだけれど」

 舞香と音々が通う高校は校則が緩いとは聞いていたけれど、もう髪を染めているとは思わなかった。

「甘いよ咲奈。高校に入ったからにはまず彼氏を確保しなくちゃならないんだから、最初っから装備は整えなきゃ駄目だよ」

「舞香の言うとおりだ。こういうのは初めが肝心だから、スタートダッシュをぶっちぎっていかなくちゃならないんだ」

 恋愛事にはまだあまり興味を持てない私は二人の言葉に合わせて愛想笑いを浮かべてやり過ごそうと試みる。

「ということで咲奈は誰か目を付けている人とかいたりしないの?」

「いや、私は別に……」

 この話題を回避に失敗して舞香に問い詰められ、口ごもっていると音々が何かを思い出したようだ。

「あれ、そういや咲奈の高校って女子校じゃなかったけ?」

「うん。そうだから学校で恋愛とはか難しいんじゃないかなって」

 恋バナとかは得意じゃないから、これで話題が変わってくれればいいな、と祈ってみる。

「でも、教師とかには男はいるんだろ? だったら先生とのアブナイ感じの恋愛とかしてみようって思わないの?」

 どうせ私にはそんなことはできないとわかっているのに舞香は茶化すように訊いてきた。

「あーそれはそれで面白そうだよな。十歳くらい上の人とも一回付き合ってみるのもいい経験だよなぁ」

 音々がそんなことを言うと、どこまでが冗談なのかよくわからない。

「まったく、恋愛に興味を持たないとか咲奈は一体何のためにわざわざ勉強して高校に入ったと思ってんのよ?」

「勉強するためでしょ?」

「舞香の言う通りだ。あんな面倒くさい塾にまで通って勝ち取った成果なんだから、勉強なんてしていられるか。青春しないと、恋愛しないといけないんだ」

「別にいけなくはないと思うよ」

 高校に入っても相変わらずな二人の様子に私は苦笑と浮かべていた。

「咲奈も友達ができたってだけで浮かれているようじゃ駄目だからな。女子高生の本分は恋愛なんだから少しは恋をしたらどうよ? もういっそのこと、その明希さんと付き合ったらどうよ?」

「……え?」

 舞香のあまりにも突飛な提案に言葉が詰まってしまった。

「それはそれで面白いかもな。滅多にない機会だろうし一回くらい経験してみたらどうだ?」

「それは、ちょっと……」

 音々まで舞香の話に乗っかってきてしまった。

「それは流石に無いからね」

 冗談だとしても、余りに現実味を欠いていてそんな未来は想像すらできなかった。

「やっぱりそうだよな。それはそれでいいとして、一つ思い出したんだけど、アイツってどうなったんだろうな?」

 私としてはそれでいいと放っておける問題ではない、と文句を言いたいけれど、これ以上引き延ばしたくもないので飲み込んでおく。

「誰のこと?」

 音々が言っている人が私には思い当たらなかった。

「咲奈に前話した気がするんだけど、ウチらが塾に通わされた時に知り合ったヤツだよ」

「ああ、そういえばそんなのもいたな。そういえばそいつの名前もアキだったな」

 音々と舞香が塾の不満を漏らしていた時に、友達ができたって言っていたような気もする。

「いわれてみれば聞き覚えがあるような、無いような」

 初めて明希さんに会った時に名前に聞き覚えがあったのは、二人が話していた人と同じ名前だったからかな?

「ちなみにそのアキさんの苗字はなんていうの?」

「なんだったかな? え、で始まっていたような気がするが覚えてないな」

 音々がひねり出せたのはそこまでのようだが、私の学校の明希さんの苗字は加賀なので別人だった。

「もしかしたら咲奈の所の明希さんが、そのアキだったりしたら面白いよな」

「いや、それはないって。だってアイツウチらよりも勉強できていなかったし、高校に進学できているかどうかも怪しいから」

「だよなー言ってみただけ」

 そういって二人が笑いあっていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ