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水辺のあの人のお話

作者: textsheep
掲載日:2018/12/31

 それは、昔々のことでした。


 遊びに行こうと外へ出たのです。

あっちやこっち、歩いて歩いて。

今日は水辺につきました。


 水辺には、流れる水と大きな岩がありました。

大きな岩が気になりましたが、岩のある場所は水のすぐそば。

水の底は深いから、入ってはいけないのです。

それでも何か気になって、ゆっくりと近づいていきました。


 大きな岩に近づくにつれて、だんだん何か聞こえてきます。

まるでこの大きな岩が歌っているかのようで。

岩に耳を当てると、音があまり聞こえなくなりました。

この岩ではなく、この岩の向こうに音を出している何かがありそうです。


 何だろう、そう思ったら、この大きな岩に飛びついていて。

この大きな岩の向こうに、いったい何があるんだろう、

そう思いながら岩を登り始めました。


 岩のてっぺんまでもう少し、というところでちょっとだけ、向こう側が見えました。

きれいな人がいて。

きれいな歌をうたっていたのです。


 あんまり歌がきれいなので、その場で聞いていたとき。

その人がこっちを振り返りました。


 こっちをみて、歌がとまって、その人の動きもとまって。

あの、と声を出したら、その人は急に動き出しました。

ばっと向こうに振り返って、水の中に飛び込んでしまったのです。

その動きはとてもきれいで。

でもなぜか、大きな魚の尾びれが見えた気がしました。


 岩のてっぺんまで登って、向こう側をよく見ても、

残っているのは飛び散った水しぶきの跡だけ。

もうその人は見つかりませんでした。




 はじめてあの人の歌を聞いてから、しばらく経ちました。


 日によってはいない時もありましたが、

同じ場所にあの人はいて、やっぱり歌を歌っていました。


 大きな岩を挟んでじゃ、ちゃんと歌が聞こえなくて。

岩を登って聞いていては、気づかれて。

気づいたあの人は、逃げるように水に飛び込んでしまいます。


 怖がらせてしまっているのかなあ、と思いました。

あの歌、もっとたくさん聞かせてほしいけど、だめなのかなあ、とも思いました。





 あの人がいた場所を、そんなことを思いながら歩いていた時です。

足元は水で濡れていて、滑りやすくなっていたのでしょう。

足が滑ってこけてしまいました。

あ、と思った時には水が目の前にあって、水の中に落ちてしまったのです。


 水の底は深いから、入ってはいけないのに。

水でよく見えないけど、なんとか泳がないと、と手や足を動かします。

でも、来ていた服が重たくて、うまく泳げないのです。


 泳げないまま水の中で、だんだん苦しくなって。

目の前が真っ暗になっていって。


 あとは、覚えていないのです。


 きれいな歌が聞こえています。

気が付くと、水の中じゃありませんでした。

足が滑ったところに、仰向けに寝ていたのです。


 なんで、ここで寝ているんだろう、そう思いました。

水の中に落ちてしまったのは、夢だったんじゃないか、とも思いましたが、

全身すっかりぬれていて、夢なんかじゃなさそうでした。


 きれいな歌が聞こえてくる方を向くと、すぐそばであの人が歌っていました。

こっちに気が付くと、その人はにっこりと笑いました。

もう落ちないようにね、そう言ってその人は水のある方に向いてしまいました。

そうしてその人が水に飛び込もうとした、そんな時です。

くぅーっと、音が聞こえてきました。

お腹がすいたときに鳴るような、かわいい音でした。

その人は、飛び込もうとしたまま止まって、

赤い顔してこっちを向いて、なんでもないよー、うん、なんでもないんだよー、と言うのです。


 たしかポケットの中に、とぬれたポケットを探ってみると、袋に入ったお菓子が出てきました。

お腹がすいた時に食べようと思って入れていたのです。

袋の中身はぬれていなかったので、きっと食べてもおいしいでしょう。

はい、とその人に渡しました。


 その人は恐る恐る受け取ると、袋を開けてお菓子をまずは一口食べたのです。

おいしい、と笑顔になりました。

そのままぺろりと食べきって、おいしかった、とにこにこです。

おもわずこっちも笑顔になりました。




 それからしばらく。

その日は空も青空で、風もとってもやさしくて。

こんな日はあの水辺に行ってみようと思います。

一緒に食べる、お菓子をもって。


 大きな岩の向こうから、今日もきれいな歌が聞こえてきます。

よいしょと岩を登りきると、歌をうたうあの人が見えました。


 きれいな歌を聞いていると、あの人がこっちを振り返りました。

こっちを見ても、止まったりせず、歌ったままで。


 その人の歌を聞いて、一緒にお菓子を食べて。

いろんなお話をして。


 帰り際、それじゃまたね、とあの人は水の中に飛び込んでいきました。

大きな魚の尾びれが水の中に消えていきました。

 





この「水辺のあの人のお話」はサークル「ちーむ_しぷすくろっく」にshipu名義で出したお話CD「うちのNightcap Vol.3」(C91で出しました)の2トラックの内容とほぼ同内容となっております。

(文章としては未発表のため、こちらで文章の発表を行わせていただきました)

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