水辺のあの人のお話
それは、昔々のことでした。
遊びに行こうと外へ出たのです。
あっちやこっち、歩いて歩いて。
今日は水辺につきました。
水辺には、流れる水と大きな岩がありました。
大きな岩が気になりましたが、岩のある場所は水のすぐそば。
水の底は深いから、入ってはいけないのです。
それでも何か気になって、ゆっくりと近づいていきました。
大きな岩に近づくにつれて、だんだん何か聞こえてきます。
まるでこの大きな岩が歌っているかのようで。
岩に耳を当てると、音があまり聞こえなくなりました。
この岩ではなく、この岩の向こうに音を出している何かがありそうです。
何だろう、そう思ったら、この大きな岩に飛びついていて。
この大きな岩の向こうに、いったい何があるんだろう、
そう思いながら岩を登り始めました。
岩のてっぺんまでもう少し、というところでちょっとだけ、向こう側が見えました。
きれいな人がいて。
きれいな歌をうたっていたのです。
あんまり歌がきれいなので、その場で聞いていたとき。
その人がこっちを振り返りました。
こっちをみて、歌がとまって、その人の動きもとまって。
あの、と声を出したら、その人は急に動き出しました。
ばっと向こうに振り返って、水の中に飛び込んでしまったのです。
その動きはとてもきれいで。
でもなぜか、大きな魚の尾びれが見えた気がしました。
岩のてっぺんまで登って、向こう側をよく見ても、
残っているのは飛び散った水しぶきの跡だけ。
もうその人は見つかりませんでした。
はじめてあの人の歌を聞いてから、しばらく経ちました。
日によってはいない時もありましたが、
同じ場所にあの人はいて、やっぱり歌を歌っていました。
大きな岩を挟んでじゃ、ちゃんと歌が聞こえなくて。
岩を登って聞いていては、気づかれて。
気づいたあの人は、逃げるように水に飛び込んでしまいます。
怖がらせてしまっているのかなあ、と思いました。
あの歌、もっとたくさん聞かせてほしいけど、だめなのかなあ、とも思いました。
あの人がいた場所を、そんなことを思いながら歩いていた時です。
足元は水で濡れていて、滑りやすくなっていたのでしょう。
足が滑ってこけてしまいました。
あ、と思った時には水が目の前にあって、水の中に落ちてしまったのです。
水の底は深いから、入ってはいけないのに。
水でよく見えないけど、なんとか泳がないと、と手や足を動かします。
でも、来ていた服が重たくて、うまく泳げないのです。
泳げないまま水の中で、だんだん苦しくなって。
目の前が真っ暗になっていって。
あとは、覚えていないのです。
きれいな歌が聞こえています。
気が付くと、水の中じゃありませんでした。
足が滑ったところに、仰向けに寝ていたのです。
なんで、ここで寝ているんだろう、そう思いました。
水の中に落ちてしまったのは、夢だったんじゃないか、とも思いましたが、
全身すっかりぬれていて、夢なんかじゃなさそうでした。
きれいな歌が聞こえてくる方を向くと、すぐそばであの人が歌っていました。
こっちに気が付くと、その人はにっこりと笑いました。
もう落ちないようにね、そう言ってその人は水のある方に向いてしまいました。
そうしてその人が水に飛び込もうとした、そんな時です。
くぅーっと、音が聞こえてきました。
お腹がすいたときに鳴るような、かわいい音でした。
その人は、飛び込もうとしたまま止まって、
赤い顔してこっちを向いて、なんでもないよー、うん、なんでもないんだよー、と言うのです。
たしかポケットの中に、とぬれたポケットを探ってみると、袋に入ったお菓子が出てきました。
お腹がすいた時に食べようと思って入れていたのです。
袋の中身はぬれていなかったので、きっと食べてもおいしいでしょう。
はい、とその人に渡しました。
その人は恐る恐る受け取ると、袋を開けてお菓子をまずは一口食べたのです。
おいしい、と笑顔になりました。
そのままぺろりと食べきって、おいしかった、とにこにこです。
おもわずこっちも笑顔になりました。
それからしばらく。
その日は空も青空で、風もとってもやさしくて。
こんな日はあの水辺に行ってみようと思います。
一緒に食べる、お菓子をもって。
大きな岩の向こうから、今日もきれいな歌が聞こえてきます。
よいしょと岩を登りきると、歌をうたうあの人が見えました。
きれいな歌を聞いていると、あの人がこっちを振り返りました。
こっちを見ても、止まったりせず、歌ったままで。
その人の歌を聞いて、一緒にお菓子を食べて。
いろんなお話をして。
帰り際、それじゃまたね、とあの人は水の中に飛び込んでいきました。
大きな魚の尾びれが水の中に消えていきました。
この「水辺のあの人のお話」はサークル「ちーむ_しぷすくろっく」にshipu名義で出したお話CD「うちのNightcap Vol.3」(C91で出しました)の2トラックの内容とほぼ同内容となっております。
(文章としては未発表のため、こちらで文章の発表を行わせていただきました)




