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アルバートお兄様は固まったまま私を見る。
「人を殺したくないっておっしゃるのならどうしてそんなものを身に着けているのですか?」
「そんなもの?」
アルバートお兄様は怪訝な表情を浮かべた。
騎士道を愛するアルバートお兄様にとって剣を侮辱されるのは最も嫌な事。
「その剣はなんのためにあるのですか?」
「大事な人を守るためだ」
「ではその大事な人が殺されても、アルバートお兄様はその剣で人を殺さないと誓えますか?」
「憎しみは憎しみしか生まない」
アルバートお兄様が何か言う前にリズさんが口を挟んだ。
リズさんが口を挟むと余計にややこしくなるわ。
憎しみは憎しみしか生まず、憎しみの連鎖が続くだけってやつかしら。
それもある意味正しいけれど、でもやっぱり憎しみを憎しみで返すのも時によっては必要よね?
これってまさに悪女の考えよね。
私の考えがどんどん悪女みたいになってきているわ。
「許す事も必要よ」
私は一瞬リズさんの言葉を理解することが出来なかった。
彼女は何を言っているのかしら。
純粋無垢な天使の笑顔でその台詞……やっぱり好きになれないのよね。
「家族が殺されても何もしないって事ですの?」
「……それでも、私は人の命は奪えないわ。それがどんな理由であろうとも」
「綺麗事ですわ」
「あんたはアリシアを殺そうとしたのにね」
急にジルが口を開いた。
いつもなら喋らないはずなのに……。
私はジルの方へ目を向けた。
ジルは恐ろしいほど冷たい目でリズさんを睨んでいた。
ジルだと分かっていても私は背筋が凍った。
「殺そうとしたのはアリシアのほうだろう」
ゲイル様がジルを蔑むような目で見ながらそう言った。
確かにそれは間違いないんだけど、先に殺そうとしていたのは彼らだし。
その後、実際に私は殺されそうになったのよね。
「何にも見えてないんだね」
ジルはため息混じりにそう言った。
ゲイル様は賢いから話せば分かるとは思うのだけど……リズさんに洗脳されていたら無理よね。
「彼は何も持っていなかったわ。けどアリシアちゃんは斧で彼をなんの躊躇いもなく殺そうとしてたでしょ」
リズさんは強い目で私達を見る。
これはやっぱりキャザー・リズの監視役としては言った方がいいわよね。
「彼らは私達を殺そうとしていたし、私が斧で殺そうとした人も刃物を持っていましたわ。それに、そもそも貴方のファンが仕組んだ事ですわ」
私の言葉にリズさんは目を大きく見開く。
何度見ても綺麗よね、エメラルドグリーンの瞳。
「それはそいつが悪いのであってリズは悪くないだろう」
エリック様が声を荒げる。
その部分ではなく私は彼らにも殺意はあったという事を伝えたかったのだけど。
本当に私の話って全く相手に伝わらないわよね。
「確かにリズさんの言う通り、憎しみは憎しみで返さず、その憎しみのパワーを前に進む方が賢明かもしれませんわ」
私は背筋を伸ばして真っすぐリズさんを見る。
私は誰よりも堂々としていなければいけない。私が言う事をリズさんに理解してもらうために。
だって、私は悪女でありキャザー・リズの監視役ですもの。
「ですが、現実を見てください。そんな事を出来る人間はリズさんぐらいですわ」
私は嘲笑うように口の端を上げた。




