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今回はグロイ表現があります。
一瞬アリシアが誰か分からなかった。
僕は背筋が凍りついた。
あんな殺気に満ちた瞳を初めて見た。
「ふざけんなっ!」
リーダー格の奴がアリシアを殴ろうとした。
……アリ?
目の前から消えていた。
気付けばリーダー格の男の後ろに回っていた。
どうやってそこまで行ったのか一瞬過ぎて僕には分からなかった。
リーダーじゃない残りの二人が固まったままアリシアを見ている。
まだ何が起こったか理解していないようだ。
「最後に殺すから」
アリシアは口角を上げて後ろからそいつの耳元で囁いた。
その笑顔に僕は全身が震えた。
まるで理性を失った狂人に見えた。
そいつが振り向く前にアリシアは軽やかに後ろ回し蹴りをした。
それは見事にそいつの頭にヒットした。
凄い、回し蹴りって当たるものなんだ。
後ろで腕を結ばれているのに凄いバランス感覚だ。
「ジル、この縄外せる?」
アリシアはそう言って僕の方に向かって来た。
僕は何とか体を起こし、アリシアの縄をほどこうとした。
腕から手首までがっちりと縄で締め付けられている。
完璧に腕を封じ込めるためにこんな結び方したのか……。
自分の腕に力が全く入らない。
……堅い。けど、何とかこれを外さないと。
僕じゃなくてアリシアが死ぬんだ。
それを考えると急に恐怖が僕に襲い掛かってきた。
アリシアだけは絶対にこんな所で死んだらいけないんだ。
僕は出せるだけの力を振り絞りなんとか少しだけ縄を緩めた。
「調子に乗るなよ!このガキが!」
叫びながら一番体格のいい男が剣を持って後ろからアリシアを襲おうとした。
「アリシア!! 危ない!!」
僕がそう言ったのと同時にアリシアは振り返り口から何か飛ばした。
何を飛ばしたんだろう?
男が目を押さえながら呻いている。
目から血を流している。まるで血の涙みたいだ。
男はふらつきながら目から何か小さいものを取り出し、床に捨てた。
……歯?
床に転がっているのは真っ赤に染まった歯だった。
アリシア、歯が折れていたの?
「てめぇ……」
男が両手で持っている剣を力を込めて握りアリシアを睨みつける。
凄い筋肉だ。アリシアの腕の三倍ぐらいある。
あいつに殴られた時が一番痛かった。
そういえば、もう一人はどこに行ったんだ?
「……っ」
アリシアは少し顔をしかめながら無理やり縄をほどいた。
縛られた跡がくっきりと残っている。
内出血と、無理やり外した時に出来た傷がいかに強く結ばれていたかを表している。
アリシアが不気味に口の端を上げた。
こんな時に笑っているなんて……背筋がゾワッとした。
筋肉男が真正面からアリシアに向かって行く。
まさに焦った時に馬鹿がする行動だ。
僕はアリシアの行動を目を凝らして見た。
さっきと同じようにアリシアは一瞬でその場から消えて、気付けば筋肉男の後ろに回り片手には剣を持っていた。
……自分の体型を利用したのか。
元々小柄だけど、さらに自分の体勢を低くして相手の死角に入り、後ろに回った。
その上、スピードと技術がアリシアの方が格別に上回っていた。
これじゃあ、大男は負けるな。
アリシアが、運動神経が良いのは知っていたけど、まさかここまでとは思わなかった。
でも、いくら男の片目が潰れているからってそんなにも鮮やかに相手の腰から剣を抜けるのか?
あの状況でそんな事が出来るのは悪女というより剣士の素質。
いかなる状況でも臨機応変に適切な判断を冷静に行えて、さらに並外れた身体能力に類まれな美貌を持ち、魔法まで使える……彼女はきっと伝説になる。
僕はそう確信した。
こんな状況なのに口元が緩んでしまった。
僕は凄い人の助手だな。
筋肉男が固まっている。
ここからどうすればいいのか分からないのだろう。
アリシアの後ろに人影が見えた。
一人いないと思っていた奴が帰ってきたんだ。
大きな斧を頭の上で持ち上げている。
アリシアは僕よりも先に殺気に気付いて軽快にバク転したのと同時にさっき筋肉男から抜き取った剣を、斧を持った男の心臓に刺した。
なんて綺麗な動きなんだと思わず見惚れるぐらい美しい動きだった。
男はその斧を振り下ろす事なく叫び声を上げて地面に倒れこんだ。
わざわざどこかに行って、その斧を持って来たけど役に立たなかったな。
アリシアは一発で心臓に刺したみたいだ。
凄い……。プロの殺し屋ですら心臓に一撃で刺すのは難しいのに、それを十三歳の少女がやるなんて。
僕は体の痛みを忘れてアリシアだけを見ていた。
返り血を浴びたアリシアがゆっくりと男から斧を奪いこちらを向いた。
僕は初めてこんな狂気に満ちた顔をしたアリシアを見た。