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コンコンッと朝っぱらから私の部屋の扉を叩く音で目が覚めた。
こんなに朝早いって事は絶対にロゼッタじゃないわよね。
「アリ~?」
え?
……ヘンリお兄様?
私は急いでベッドから起き上がり扉を開けた。
そんなに真剣な顔をなさって一体どうしたのかしら。
「寝ていたところ悪いな」
「あ、いえ。どうしたのですか?」
「中に入ってもいいか?」
「どうぞ」
私はそのままヘンリお兄様を部屋に入れた。
ヘンリお兄様が一人で私の部屋に来るなんて珍しいわ。
なんだか変な感じ……。
「アリはリズが嫌いなのか?」
あら、まさかそんな質問をされるとは思わなかったわ。
これはもしかしてリズさんを好きになれっていう話なのかしら。
「嫌いというより苦手なんですわ」
嘘をつく必要もなかったので私は正直に答えた。
ヘンリお兄様は表情を変えずに私を見ている。
一体どういう心情で私を見ているのかしら。
というより、なんだかヘンリお兄様随分、大人っぽくなられたわ。
昔はアランお兄様とヘンリお兄様は瓜二つだったのに最近はヘンリお兄様の方が大人びて見えるもの。
でも、もう十五歳だから双子でも少しずつ雰囲気は変わるわよね。
「最近はヘンリお兄様とアランお兄様が一緒にいるところをあまり見かけませんわ」
私はこの空気が気まずくなり話題を変えた。
私の質問にヘンリお兄様は目を丸くした。
紫色の瞳がよく見えるわ。子供の頃より少し濃くなった気がするわ。
「アランと最近意見が合わないからな」
そう言ってヘンリお兄様は軽く微笑んだ。
意見が合わない?
双子でも色々あるのね。
「俺とアランは生まれた時からずっと一緒だろ? それが当たり前だったし、俺も別にそれを苦だと思った事はなかった。考え方も似ていたし俺の一番の理解者だった。けど、リズが俺らの前に現れてから少しずつ変わっていった」
ヘンリお兄様が少し寂しそうにそう言った。
ゲームの中ではヘンリお兄様はリズさんの事を好きになるはずよね?
「俺はアランと双子である事が誇りだった。俺達二人で一つのアイデンティティを持っている感覚だった」
「なんだか気持ち悪いですわ」
私は心の声をそのまま漏らした。
多分この台詞を言った時、無意識に私は顔をしかめていたと思うわ。
「そうだよな」
ヘンリお兄様はそう言って怒りもせずに笑った。
「その時にリズに言われた、ヘンリはヘンリでアランはアランよって。だからアランはヘンリになろうと思わなくてもいいし、ヘンリはアランにならなくていいのよって」
……ヒロインが言う定番の台詞って感じだわ。
それを言った時のリズさんの表情が目に浮かぶわ。
きっとお得意の天使スマイルだったんでしょうね。
けど、もしそれでアランお兄様が考えを変えたのなら、どうしてヘンリお兄様は考えを変えなかったのかしら。
「ヘンリとアランではなくアランとして自分を見てくれる人が現れたと思い、アランお兄様はそれでリズさんに恋に落ちたのですか?」
私の質問にヘンリお兄様が目を大きく見開いた。
そんなに驚かなくても、前世で乙女ゲームをやっていた私にはこれくらい常識ですわ。
ここで一つ疑問なのが、どうしてヘンリお兄様だけがリズさんに恋に落ちていないかなのよね。
「ヘンリお兄様はリズさんに恋に落ちなかったのですか?」
「俺もそれを言われた時は確かにドキッとしたんだけどな」
「したんですか!?」
ならどうして恋に落ちていないのかしら。
というより、アルバートお兄様ってリズさんに恋に落ちているのかしら。
ああ、もうよく分からなくなってきたわ。
「リズのあの純粋な笑顔とか、優しさとか、段々愛おしくなった」
もうわけが分からないですわ。
私はあの純粋な笑顔も優しさも苦手ですの。
「なぁアリ、もし俺とアランが自分たちのアイデンティティで悩んでいたならアリならなんて言う?」
突然の質問に私は固まった。
そんなの私に言われても分からないわよ。
だって私は双子じゃないんだもの。そんな気持ち分からないわ。
それにヘンリお兄様は二人で一つのアイデンティティを持つことを誇りに思っていたんでしょ?
ああ、もう! 私は占い師じゃないのよ、悪女なの。
正解を求めるなら私じゃなくて聖女の所へ行って欲しいわ。
「私、あなたはあなたよっていう言葉が大嫌いなの。そんなの自分が一番知っておくべき事よ。それを他人に言われて気付くなんて恥を知ったらどうです?」
私は軽蔑するようにお兄様を見てそう言った。
ヘンリお兄様は目を点にして私を見た後、急に笑い始めた。
お腹がよじれそうなくらい笑っているわ。
……私、馬鹿にされているの?
どうしてこんなに笑われているのかしら。
「そうだよな。俺もそう思う」
お腹を片手で押さえながらヘンリお兄様はそう言った。
そう思うのならどうして私にわざわざ質問したのかしら。
「俺はリズに確かに惹かれてたけど、この前の茶会の時にアリがリズに言った時に気付いたんだ。俺はリズの理想論に洗脳されて好きになっていたなって」
洗脳って。もう少し他の言い方があったのでは?
「俺はアリの意見に賛成だし、段々リズが苦手になってきた。根本的な考え方が合わないからな」
私の意見に賛成されても困るんですわ。
私としてはヘンリお兄様はリズさん側にいて欲しいですわ。
「根本的な考え方が合わないのに惹かれていたのですか?」
「元々、若干苦手だったんだよ。けどずっと優しくされてあの笑顔を向けられてたら、なんか惹かれたんだよ」
ヘンリお兄様は決まりの悪い顔をしながらそう言った。
流石天使スマイルだわ。
「アルバートお兄様とアランお兄様は考えを変えなかったのですか?」
「アル兄とアランは完全にリズに惚れているからな」
成程、つまり、私の言動のせいでヘンリお兄様はリズさんに恋に落ちなかったのね。
同じ兄弟でもやっぱり少し違うのね。
「それを伝えにきたのですか?」
「いや、それだけじゃない」
ヘンリお兄様は急に真剣な顔になって私を見た。なんだか、嫌な予感がするわ。
ヘンリお兄様が私と考え方が似ているんだとするなら今からされる質問はあまり聞きたくないわ。
私は少し顔を引きつらせた。
ヘンリお兄様は私を探るような目で見る。
「アリは一体何を企んでいるんだ?」




