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「ウィルおじいさん!」
「じっちゃん!」
仮眠をとってから夜中に私とジルはウィルおじいさんの元へ向かった。
仮眠でぐっすり眠れたから今日は長くいられるわね。
ウィルおじいさんの家の前ではもう寝ている人がいなかった。
どういう事かしら。そんなにあの人達が聞き分けが良いとは思えないのだけど。
もしかしてこれって……レベッカが何かしたって事なの?
「アリシア、ジル、いらっしゃい」
「アリ、ジル、こんばんは」
ウィルおじいさんの後ろからレベッカが松葉杖で体を支えながら出てきた。
あら、何だかすっかり元気そうだわ。顔色も良くなっているし。
まだ絶対に足が痛むだろうに。凄い根性ね。
……レベッカはジルを羨ましく思ったりしないのかしら。そんな様子を一切見せないけど。
というより、なんだかここでの自分の役割を見つけたって感じがするわ。
「レベッカ、ウィルおじいさんの家の前にいた人達は貴方が片づけたの?」
「まあね」
レベッカは少し照れくさそうに言った。
一日でそんな事が可能なのかしら。彼女もしかしたら相当賢いんじゃない?
「どうやったの?」
ジルが私の隣で目を見開いてレベッカに聞いた。
「アリに言われた通りにこの村の意見を出来る限り一日で聞きまわって」
「ちょっと待って、レベッカは誰かに襲われなかったの?」
「皆むしろ私に怯えていたよ。多分、アリのおかげで」
「そっか。この村の人達は魔法を初めて見たんだ」
「そういう事。だから私のバックにはアリがいると思って皆が従ったって事」
私抜きでレベッカとジルが話を進めていく。
あら、これって本当に最高に素晴らしい展開じゃないかしら!
救世主の影のボスが私って事よね?
「それで、その意見の八割が反乱を起こしたいっていうものだった。私もアリに助けられる前まではそう思っていた」
レベッカは真剣な顔つきでそう言った。
「後の二割は?」
ジルが顔をしかめながらレベッカに聞いた。
レベッカは軽く嘲笑してから口を開いた。
「狂った奴のふざけた答えばかりだよ」
もし反乱が起これば確実に町はまるまる一つ潰れるわ。
この村の人達の執念が形に出たら終わりだと前から思っていたのよね。
「どうする?」
レベッカが私からの次の命令を待っている。反乱を防ぐ方法は……。この村の改善っていうのは分かるんだけど、そんな簡単に改善は出来ないわ。
「反乱したいという気持ちを違うものにするのは?」
ジルが顎を手で触りながらそう言った。
「例えば? 不満をなかなか違うものに変換するのは難しいと思うけど」
「そうよ。私達貴族への不満は私なんかが計り知れないほど強いものだと思うわ。私がいつこの村の人に殺されるか分からないもの」
「いや、アリはここでは好かれていると思う。昨日、そんな声が上がっていたし」
レベッカがすかさずそう言った。
……好かれている?
正直な話、私は貧困村を改善したいなんて思っていないのよ?
ただ社会秩序が乱れるのが嫌なのと、差別が嫌いなだけであって……。
どうして私が好かれているの?
「貴族でこの村に来た人なんて今まで誰もいなかったし、実際私を助けたでしょ」
私の表情をレベッカが読み取ったのか、柔らかい表情でそう言った。
やっぱり、人の表情を読み取るって人間皆結構出来る事よね。
どうしてヒロインは出来ないのかしら。あれは本当に腹が立つわ。
嫌がっているのを察して欲しいもの。
そしてその強引さに惹かれていき恋に落ちる王子も間抜けよね。
私は絶対に無理だわ。うざいと感じてしまうもの。
きっと私は生まれた時からヒロインを好きになれない体質なのよね。
「アリシア? どうかしたの?」
ジルが私の顔を覗き込んだ。
あら、いけないわ。全く違う事を考え込んでしまっていた。
「私が好かれてはまずいわ。好感度を下げる方法を探さないと」
「でも魔法学園の奴らはあんな綺麗事を言っていたけど、実際は絶対どこかで僕達、貧困村の住民を忌み嫌っているから、貧困村でアリシアの好感度が上がってもむしろ悪女としてはプラスなんじゃない?」
ジルが淡々と無表情でそう言った。
確かにそうかもしれないわ。
悪女は貴族から嫌われているものよね。
そして、貴族が忌み嫌う貧困村の影のボスが私なら……これは私の悪女ポイントが加点される絶好のチャンスだわ!
救世主はレベッカだもの。私は彼女に命令するだけよ。まさに理想の形だわ。
「悪女って何?」
レベッカが不思議そうに私達を見る。
……これはトップシークレットだからレベッカには教えられないわね。
いつか教えてあげる日が来るのかもしれないけど、今はまだ秘密よ。
「なんでもないわ」
私は満面の笑みでレベッカにそう言った。




