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「おはようございます」
私は口角を軽く上げて挨拶をした。
美形たちが一斉に私の方を向く。間近で見ると顔面偏差値の高さに気絶しそうだわ。美形達は私の方にどんどん接近してくる。
「この子がアルの妹?」
「かっわい!」
「ちっさいな~」
皆、目を輝かせながら私を見ている。正直、褒められているのかよく分からないわ。
こういう時って悪女ならどんな反応するのかしら。
謙遜は絶対にしないはずよ。という事は、可愛いと言われた事を肯定すればいいのかしら。
……違うわ、その前に自己紹介よ。礼儀知らずな女だと思われたくないわ。
「アリシアと申します」
私はそう言って軽くスカートを摘み、頭を下げた。
「おい、アランとヘンリが言ってた妹と全然印象が違うじゃないか」
誰かがそう呟いたのが聞こえた。
あら、アランお兄様とヘンリお兄様は一体私の事をなんて言っていたのかしら。
まぁ、大体予想は出来るけどね。我儘で手に負えない妹とか言っていたに違いないわ。
「それでアリシア、どうしたんだ?」
どうしたんだ? って、まさかアルバートお兄様忘れていたの…。
今日は剣術を教えてくれる日よ。私はこの日の為に毎日基礎体力をつけていたのよ。
喉まで出かかった言葉を飲み込んで、心を落ち着かせた。
「剣術を教えてください」
私がそう言うと、前と同じ反応をされた。
お兄様達だけでなく、他の美形達にまで。
エリック様は口まで開いていますわよ。
そんなに私変な事を言っているのかしら。
皆さんの綺麗な瞳をそんなに目を開いて見せてくださらなくても大丈夫ですよ。
「アリ、それは毎日君が腹筋と腕立てをしたらの話だろ?」
アルバートお兄様が微笑みながらそう言った。
……やったわよ! もはや、お兄様が出した課題の何倍もしたわ。
本当に私を馬鹿にしすぎだわ。
私はだんだん腹が立ってきた。自分でも頬が膨れているのが分かる。
ああ、なんて悪女っぽくない怒り方なのかしら。
悪女は絶対に頬を膨らまして怒ることなんてないのに。まだまだ子供ね……中身は違うけど。悪女歴はまだ浅いもの。しょうがないわ。理性より感情が勝ってしまう。
「怒った顔も可愛いな」
カーティス様、ちょっと黙ってくださるかしら。
火に油を注がないでください。
「アリ、剣は危ないものなんだよ。アリには似合わない」
アルバートお兄様が私の頭を優しくポンポンと叩く。
前世でどうしてこの頭ポンポンが胸キュンする一つに入っていたのかしら。
むしろ、胸がムカムカするわ。
私はお兄様の手を軽く叩いた。
お兄様の表情が固まった。お兄様だけでなく皆の顔も固まっている。
さっきまでの穏やかな空気が一瞬にして張り詰める。
やってしまったわ……。悪女ってこうした後にどうするんだっけ。
……肝心な時に何も思いつかない。
こうなったら感情に任せて行動するのみ。
私はお兄様の腰にさしてある小さい方の剣を抜いた。
おっも! 剣ってこんなにも重いの?
確かに筋トレは絶対に必要ね。けど一週間頑張った成果は出ていた。
前までの私の筋力なら多分持つことすら出来なかったもの。
今の私にならこの剣を振り回す事ぐらい……、出来なくはない。
私は木の根元に近づき、呼吸を整えてから、自分の足に全ての力を集中させた。
林檎がもう少しで落ちかけているのを確認してから思いっきり木の幹を蹴った。
木全体が振動して、林檎が揺れる。落ちてよね。ここでもし落ちなかったら私物凄く恥ずかしい思いをする事になるんだから。
私はじっと揺れている林檎を見つめた。……良かった、もうすぐ落ちそうだわ。
私は林檎の落下軌道を前に本で読んだ通りに計算した。沢山本を読んでいて良かったわ。
上手くできるかしら……。これはもう感覚よね。剣を初めて扱う私に感覚なんて全く分からない。
悲観的になっちゃだめよ。これに成功したら立派な悪女への階段を一段上れるのよ。
私は勢いよく剣を横に振った。




