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……やっぱりリズさんだわ。案外あっさりと会えましたわ。
相変わらずエメラルドグリーンの瞳が輝いているわね。
後ろにはお兄様達もいらっしゃるわ。
デューク様、なんだか随分と大人っぽくなったわね。
どんどん私の好きなタイプになっていくわ。
これから私をそんな優しい眼差しで見てくれる事はなくなるのね。
「アリシアちゃん? どうしたの?」
その呼ばれ方、久しぶりだわ。
リズさんしか私をそんな風に呼ばないもの。
「どうして貴方は震えているの?」
リズさんはお嬢様集団の中の一人に声を掛けた。
「アリシア様が……」
私は口を開いたお嬢様を軽く睨んだ。
すぐにそのお嬢様は口を閉ざした。
悪女といえば睨んで圧をかけるもの。
毎日のように睨む練習はしていたから誰よりも睨むのは上手いはずよ。
それに設定が悪役令嬢なんだもの、この猫目みたいなつり目を睨みに活かせるわ。
学園内で睨みコンテストがあれば間違いなく優勝できるはずよ。
「アリシア、何かしたのか?」
アルバートお兄様が私の方に近づいてくる。
……ここでもう皆の前で私は悪女だという事を印象付けたいわ。
けど、私、特にお嬢様集団には何もしていないのよね。
彼女達が勝手に怯えだしただけなんだもの。
「アリシア様が私達に暴言を……」
お嬢様集団の中のいかにもアルバートお兄様に媚を売ろうとしているお嬢様がそう言った。
あら、あれは暴言だったの。それは知らなかったわ。
彼女達は本当にお嬢様なのね。そんな言葉を言われたことも聞いた事もなかったんだわ。
私も相当な位の家の令嬢のはずなんだけどね。
「アリシア、暴言を彼女達に言ったのか?」
アルバートお兄様が眉間に皺を少し寄せながらそう言った。
言ったのかしら?
私もよく分からないのよね。
「うるさいわ、って言いましたわ」
「どうしてそんな事を言ったの?」
途中でリズさんが口を挟んだ。
……私、アルバートお兄様に言ったのだけど。
どうしてリズさんが出てくるのかしら。
「彼女達が勝手に傷ついただけですわ」
私はリズさんを睨みながらそう言った。
「アリシアちゃんは心を傷つけられる事を言われたら辛いでしょ? それを人にしてはいけないのよ」
リズさんは私に微笑む。
そのアルカイックスマイルをやめていただきたいわ。
本当に苦手なのよ。
「初対面で私がどんな人間かも分からないのに話しかけてきたのは彼女達ですわ」
リズさんより私の方が背は低いけど、私はリズさんを見下げるような目でそう言った。
「その責任は彼女達にあるのでは?」
リズさんは私がまさかそんな風に言うと思わなかっただろう。固まったまま私を見ている。
驚いているわ。
この調子でいけば私は完璧な悪女になれるわ。
私はジルの方にチラッと目を向けた。
ジルがリズさんやお嬢様集団を凍りつかせる勢いで睨んでいる。
なんて冷たい目なのかしら……。凄いわ、ジル。
「アリシア、どうしたんだ?」
アルバートお兄様が私を心配そうに覗き込んだ。
あら、どうして私、心配されているのかしら。
「もしかしたらアリシアちゃん、熱があるのかもしれないわ」
リズさんが急に何か思いついたようにそう言った。
何を言っているの?
彼女は馬鹿なの?
リズさんが私に触れようとした。
バシッと音を立てて、私はリズさんの手をはたいた。
勿論これは無意識なんかじゃなくて意識的にはたいたのよ。
だって、私を病人扱いするのだもの。
「私に触らないで」
私はリズさんを睨みつけてそう言った。
これはリズさんを睨み、はたいた上に年上に敬語を使わなかったって事で悪女ポイント加点よね?
素晴らしいわ。最高の気分よ。
「ジル、行くわよ」
私はジルにそう言ってその場を離れた。
皆の視線を背中で感じながら私は振り返る事なく歩いた。




