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私は離宮の雰囲気を観察して、改めてそう感じた。
嫌な空気感。
……こんな場所でずっと過ごしていたら、そりゃ精神も沈むし、鬱になるわよ。
私はそんなことを思いながら、部屋へと戻った。
「私はここで待機しておきます」
ミアはそう言って、部屋には入ってこなかった。
私はグッと身体を伸ばしながら、ベッドへとダイブした。
離宮で何か変化をもたらすことは出来なかったけれど、医務室には変化を起こせた。
その達成感を抱きながら、私はふぅッと小さく息を吐く。
私の命がかかったゲーム。本来ならもっと焦るべきなんだろうけど、何故か分からないが私の心はとても落ち着いていた。
敵ばかりに囲まれて、追い詰められてこそ、悪女として輝くのよ!
私は「悪女」という信念だけを掲げて、ここまで突っ走ってきたのよ。
…………そういえば!
私はハッと枕の下に置いた紙の存在を思い出す。忙しくてすっかり忘れていた。
「これこれ」
枕の下に手を入れて、一枚の紙を取り出した。
私は体を起こして、紙に書かれている内容を確認した。
『第二夫人ローザ、私の全てを奪った女。私はもうすぐここを去らなければならない。この離宮にいる貴族どもを許さない。ここでは誰も助けてくれない。ナシェ、私の愛しい娘。彼女を置いていくのだけが心残りだ。どうか、ナシェだけはどうか幸せに生きて』
一枚の紙にびっしりと文字が並んでいた。
……ナシェの母親?
筆跡で強い怒りがこもっているのが分かる。
私は勢いよく扉を開ける。ミアはその衝撃で驚いたのか体をビクッと震わせる。
「これ、誰なの!?」
私はいつもより大きな声を出し、ミアの顔の前に紙を見せつける。
ミアは私の慌てた様子に「とりあえず部屋に入りましょう」と落ち着いた声で言う。
私はミアを部屋に入れて、彼女の言葉を待った。
複雑な表情を浮かべて、ミアは口を開く。
「…………それは、ナシェの母のシェリーです。かつてここで働いていた侍女です。ローザ様に仕えていたのですが、ある日、ローザ様のドレスを踏んでしまい……」
「まさかそれで追い出されたって言うの?」
ミアは私の言葉に頷く。
私は冷静を保ちながらも低い声でそう言った。
ミアは「それは……」と躊躇いの意思を見せる。しかし、私は圧をかけるように彼女を見る。
「いいから脱いで」
私は力強くそう言い切った。
ミアは私に背を向けて、黙って私の言葉に従う。ゆっくりと上の服を脱ぐ。
…………な、なにこれ。
私の視界に入ってくるミアの素肌に目を大きく見開き、息を呑んだ。
彼女の背中は一面、ミミズ腫れで赤く腫れ上がっていた。鞭の痕が肌に残っており、血が出るほど鞭で叩かれたのだと分かる。
「…………これは、ローザの仕業?」
怒りで声が震えるのが分かった。
溢れ出てくる憤りの感情を押し込めるのに必死でローザのことを呼び捨てにしてしまう。
「はい」
彼女は張りのない声で答える。
なんて酷いの。
私はその痛々しい傷を少しでも和らげようと、炎症を抑える魔法を彼女の背にかける。
服の下に隠されていた彼女の鞭痕は消えることはないが、少し赤みがましになった。
「……すごい。……ありがとうございます」
「こんなことをするなんて……、信じられない」
「まだ命があっただけ良かったです」
ミアの言葉にキュッと胸が締め付けられた。
背中をこれほどまでに痛めつけられて、まだましだった、と思ってしまうことが辛い。
きっと、ミアがこの傷をつけられたのは、最初にローザ様と出会った時だろう。
ローザはミアの耳元で何かを囁いていた。
まさか、こんなことになっているなんて……。
私はそんなこともつゆ知らず、ずっと振り回してしまっていた。
「気付けなくてごめんなさい」
「謝らないでください。アリシア様のせいではございません。それに私がアリシア様と共に行動したかっただけなので」
私はその言葉に更に心が苦しくなる。
……ローザ、絶対に許さないわよ。
私を本気で怒らせたこと、後悔させてやるわ。




