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「でも、今からドレスの新調なんて間に合うの?」
パーティーは明日よ?
いくらなんでも無茶だわ。
レーネは大きな笑みを浮かべて私の目を貫くように見る。
「他の依頼は全て断った。貴女のドレスだけに全集中してドレスを制作する。……安心しろ。私は天才だ。必ず間に合わせる」
はっきりとそう言い切ったレーネに私は「乗った」と口角を上げた。
「なんなのこの二人……。彼女たちの周りだけ空気が違うわ……」
「二人とも他の貴族たちとは格が違うので」
ジャスミンの呟きに、ミアがそう返したのが聞こえてきた。
「じゃあ、まずは採寸からだ。時間がないと思ってメジャーを持ってきて良かった」
レーネは私の近くへと寄ってきて、あっという間に私の体にメジャーを回して、数字を測っていく。
「……メモをしなくてもいいの?」
黙々と測るレーネに向かって私はそう聞いた。
「オーナーは全て記憶するので。メモしなくても覚えています」
レーネの代わりにリラが答える。
それは……、凄すぎない?
超人じゃない。この一瞬で全て頭の中にインプットしているんでしょ?
「オーナーは採寸をしながら、もう脳内でドレスのデザインを描いているんですよ」
類稀に見る才能だわ……。
一つ言えるのは、ここで私の体についての数字を読み上げられるのを回避できたのは良かった。
私がレーネに対して驚きの目を向けた瞬間、彼女は「終わった」と言って、私から体を離した。
彼女はメジャーを小さく戻しながら、私に話しかける。
「ドレスはどんなものがいい? 色や生地、ビーズや模様、ジュエリーの種類」
「貴女に任せるわ」
私はレーネの言葉を遮ってそう言った。レーネは目を丸くして私を見る。
「……全て?」
「ええ。仕立てのことなら貴女が一番分かっているんでしょ? 要望はないわ」
「本当に全て私に任せるのか?」
どうして彼女がそこまで驚いているのか分からない。
私は彼女を見据えながら、言葉を発した。
「その道のプロなんでしょ? 貴女が自分の仕事に矜持を持って、ドレスを作ってくれるのなら、私は口出しは一切しないわ」
大きく見開いたレーネの瞳が震えるのが分かった。
「やっぱり私は見る目がある」
彼女はどこか納得したように、余裕のある微笑を浮かべた。
「ではまた明日」
レーネはそう付け足して、私に軽くお辞儀をして、この場を後にする。レーネに続いて、リラも私たちにお辞儀をして彼女の後をついて行った。
「……生きていると凄い場面に出くわすことがあるものですね」
彼女たちの姿が小さくなってきたところで、ミアはそう呟いた。
「凄い場面?」
首を傾げる私にミアは説明をしてくれる。
「レーネさんがたった一人のために離宮からのドレスの依頼を全て断ったって、歴史に残ることです。それがましてやデュルキス国の令嬢相手になんて……」
分かっていたけれど、本当にレーネは異才なんだ。
……ミアがここまで言うなんてよっぽどだ。
「全て任せるって言った時、どうして驚いていたのかしら」
「……離宮の女はうるさいんですよ」
私の疑問にミアは低い声でそう答えた。
彼女は離宮がある方を眺めながら、少し間を置いて更に話を続けた。
「こうしろ、ああしろって注文が多いんですよ。うんざりしていたんだと思います。レーネさんのドレスのデザインはどれも目を瞠るものばかり……、ですが、離宮の女はデザインを見ることなく、要望を容赦なく押し付けてくる。……もう、そんな彼女たちにうんざりしていたんでしょうね」
「……変なの。そんなに要望があるなら、自分でドレスを作ればいいのに」
私がそう言うと、ミアは私に対して柔らかに微笑んだ。
「だから、アリシア様はレーネさんに自分のドレスを着てもらいたいって思われたんですよ」




