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私は黙って医者の話を聞く。
「……すまない。恥ずかしながら、君に嫉妬してしまっていた」
医者は丁寧に頭を下げた。
……意外と素直。
「君が書いたこれはなかなかのものだった。この書物はこれからも参考にさせてもらう」
医者は私がさっき書き終えた本を持ちながらそう言った。
ジャスミン、仕事早いわね。
「これで国一番の医者になれますわね」
私はそう言って、医者に向かって微笑んだ。医者は少し固まった後に、フッと口元をほころばせた。
「私の負けだよ」
「じゃあ、私たちはこれで」
ミアは医者に向かってそう言った。
「体調に気をつけてな、ミア」
ん? なにその台詞。
私は医者からミアへと視線を移す。彼女は私と目が合い、どこか諦めたように息を吐いた。
「……父です」
父ぃぃ!?
私はミアの言葉に驚き、目を大きく見開いて、瞬きを忘れてしまう。
確かに最初から、なんとなく二人の距離感は近いような気がしていたけど……、まさか親子だったとは。
「隠すつもりはなかったのですが、言うタイミングもなく…‥‥」
どこか気まずそうにミアはそう言った。
……それにしても全然似てない。ミアは母親似なのかしら。
私がミアと医者を交互に見ていると、ジャスミンが何やら眉をひそめながら外の様子を確かめる。
「……誰か来たようですね」
ジャスミンの言葉に私たち三人も建物の外へと目を向ける。
さっきより騒がしい。……けど、こんなところに来客?
私は外へと出て、誰が来ているのか確かめる。
「こんなところにいたのか」
低い女性の声がその場に響いた。
……レーネ?
ここにいるはずのない女性の姿に私は思わず目を細めてしまった。
どうして彼女がここに?
レーネの後ろには助手のリラが立っていた。
相変わらずレーネの眼圧は凄い。私は状況を理解出来ないまま、彼女を見返す。
私を探していたっぽいけれど、何故?
「レーネさん……?」
後ろからミアの驚いた小さな声が聞こえてきた。
レーネの存在は多くに知れ渡っているのか、建物の外にいた患者たちもレーネの姿を見て、驚いた様子だった。
「離宮に全然いないと思ったら……」
「私に何か用ですか?」
レーネは私の質問に少し口の端を上げて「ああ」と答える。
初めて会った時も思ったけれど、キャピキャピ感が一切ない。
「明日のパーティーに参加するんだろう?」
「ええ」
「噂に聞いたが、第二夫人ととんでもないゲームをしているようだ。……その割には随分と呑気に見えるが」
私もそう思う。
随分と呑気に明日を迎える。もっと切羽詰まっていた方が良いのかもしれないけれど、謎の余裕がある。
自分に言いたいもの、もう少し危機感を持った方が良いって。
「それをわざわざ言いに来たの?」
私の言葉にレーネは「まさか」と軽く笑う。
「私の作るドレスを着てほしい」
レーネは続けて私にそう言った。
私は想像もしていなかった発言に思考停止する。
……え、今、なんて?
「ど、うして?」
私は戸惑いながらもそう答えた。
「貴女みたいな人に私が作る服を着てほしいと思ったからだ」
「私みたいな人?」
「依頼されてドレスを作るのではなく、私が依頼してドレスを着てほしいと思った。……どうだ? 私のドレスを着ないか?」
なんかカッコいいわね……。
真っ直ぐと私に向けられたレーネの心意気を素敵だと思った。




