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歴史に残る悪女になるぞ  作者: 大木戸 いずみ
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 私は足に怪我を負っている老人のところへと向かい、洗い終わったシーツを持っていく。外に物干し竿を設置し、そこでシーツを干す人の補助をしてもらう。

 彼にもちゃんと働いてもらわないと。

「まさかわしにこんな雑用を」

 患者の中でも彼の立ち位置は違うようだ。ここにいる皆が、どこか彼に対して遠慮しているように見えた。

「ここでは貴方も患者の一人であることは変わりないので」

 私は、はっきりと老人に向かってそう言った。

「……君は権力を恐れないのか? ここには身分の高い貴族だっている。良い顔をしておいた方がいいなんてことを考えたりはしないのか?」

 私は老人の言葉に思わず声を出して笑ってしまった。

 何があったのか、とデューク様も驚いた様子で私へと視線を向けていた。

「……何がおかしい」

 私の態度が 老人にとっては気分を害したようだ。

「愚問だわ」

 張りのある声で私はそう答えた。更に言葉を付け足す。

「私は権力によって虐げられるよりも、傷を負いながらでも逆らって生きる方がよっぽどいい」

 相手が国王であろうと、第二夫人であろうと私には関係ない。

 悪女っていうのは孤高なのよ。誰かに媚を売ったりするような人間じゃない。

「名は何という」

「アリシアです」

「わしの名はロディスだ」

 彼はそう言って私に皺だらけの手を差し出した。私はロディスと名乗る老人と握手を交わした。

「ロディス様が名を聞くなんて……」

 遠くで誰かがそう言ったのが聞こえた。

 ……もしかして、凄いおじいさんだったりする?

 私はそんなことを思いながら、洗濯の続きに取り掛かった。

 大きなバケツの場所へと戻って、残りのシーツの汚れのチェックをする。私は石鹸を持っていた女性に「次で水洗いは終わりにしましょう」と伝えた。

 彼女は私に笑顔を見せた。 

「ええ」

 私はその表情に思わず固まってしまった。

 まさか笑顔を向けられるとは思いもしなかった。

「……どうかした?」

「いえ、なんとなく雰囲気が明るくなったような……」

「私は軽度だから。ここ最近、ずっと心が沈んでいる感覚から抜け出せなくなって、この場所に辿り着いたのよ。……これ、向こうに運べばいい?」

 女性は少し自分の話をしてから、濡れているシーツを籠に入れて、物干し竿の方を指さした。

「お願い」

 私がそう答えると、彼女は「は~い」と気楽な返事をして籠を持ち上げる。そして、何か思い出したように「あ」と口を開き、私をじっと見つめた。

「明るくなったのは私だけじゃないわよ。周りを見て。……ベッドから出て準備運動をして、掃除をしているだけで全く表情が変わったわ。こんな生き生きとした彼らを見るのは初めてよ。貴女がこの一瞬でこの医務室に革命を起こしたのよ」

 彼女はそれだけ言って、鼻歌を歌いながら物干し竿の方へと足を進めた。

 私はふと患者たちの様子を見渡す。 

 まだ表情が暗かったり、無表情の人もいるが、何人かは明らかに表情が変わっている。そのおかげで、この場所の空気も良くなっている。

 陳腐な表現だが、暗闇に日が差し込んだ感覚だわ。

 やっぱり、環境って大切なのね……。

「お手柄だな、アリシア」

 気付けば、デューク様が私の隣に立っていた。

「私は何もしてないです」

「……いや、彼らを動かしたんだ。それは立派な手柄だ」

「いえ、彼らの意思ですよ。……自ら動いたということは、きっとみんなどこかでかつての尊厳と誇りを取り戻したいと願っているのかもしれません」

 私がそう言うと、デューク様は「そうかもしれないな」と柔らかな笑みを浮かべた。


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