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デューク様は目を見開いたまま、口を開く。
「こんなところで何をしてるんだ?」
「掃除用具を探していて。……って、デューク様丁度いいところに来ましたわ。手伝ってくださいません?」
「……そうじ、ようぐ?」
「はい!」
勢いよくそう返す私にデューク様は驚いた表情を浮かべたままだった。
「綺麗な雑巾を二十枚ほど、後は箒が数本に、大きなバケツと石鹸ね、あと、物干し竿も必要だわ」
「……やっぱり、俺が振り回される方だよな」
デューク様の表情が綻ぶのが分かった。
そんなことはないわ。今回は随分と私がデューク様に振り回されている方じゃない?
私はそんなことを思いながら、デューク様と掃除用具調達をしに王宮の方へと戻った。
「すみません、全部持っていただいて」
デューク様は大きなバケツに雑巾と石鹸を入れて、それを肩に乗せてくれている。反対側の手には箒と物干し竿を持ってくれている。
この量とこの重さを軽々しく持てるのは男性らしさを感じる。大きな手にしっかりとホールドされた掃除用具たちは落ちる様子が全くない。
「これぐらいさせてくれ。……ちゃんと欲しいものがそろっていて良かったな」
「はい」
私は頷きながら、医務室にあった掃除用具入れとは大違いの倉庫を思い出す。王宮の大きな倉庫には掃除用具が大量にあった。
近くにいた使用人に聞いたら、「それぐらいなら勝手に持ち出してくれて大丈夫ですよ」と言われ、私たちは無事に掃除用具をゲットできた。
「なんか離宮で困ったことはないか?」
私はデューク様にそう言われて、思わず思考が停止した。
貴族のことは任せた、的なことを言っていたのに、ちゃんと心配してくれているのね。離宮での生活を気にかけてくれているのは素直に嬉しい。
「あまり長居したくない場所ですね」
「だから医務室か?」
デューク様はからかうようにそう言った。
「違います。これはちょっと運動を……」
「運動?」
「はい。運動と掃除はほぼ一緒ですので」
あまりに適当に言い過ぎたかもしれない。
私は発言した後に少し後悔をしていると、デューク様は声を上げて、楽しそうに笑った。その少年のような純粋な笑顔に思わず心臓が跳ね上がる。
その笑顔は反則じゃないかしら……。
「相変わらず最高だな」
デューク様から頂くその言葉は、この上ない誉め言葉だと思った。
……何を褒められているのかよく分かっていないけど。
そんな面白いことを言ったつもりはないし、運動の代わりに掃除は別に褒められるようなことでもない。
デューク様って不思議な方ね。
「離宮はそんなに酷いところか」
なんだか楽しそうデューク様。内容は全然楽しくないのに。
「酷いというか……、今まで生きてきた場所とは全く違うところですね。夕食に虫が入っていたり、……あ、毒も」
「毒?」
急にデューク様の表情から笑顔が消えた。
おっと、まずいわ。言うつもりじゃなかったのに、つい流れで口を滑らしてしまった。
「毒が入っていたのか?」
デューク様はかつて聞いたことないほどの低い声で私にそう聞いた。
…………やばい、めちゃくちゃ怒っている。というか、なんか寒い。
私はふと横目でデューク様の方を向く。
掃除用具が見事なまでに凍っていた。
もうカッチカチだわ。これで誰かが熱中症になっても、すぐに冷やせるわ。……って、違う。そうじゃない。
デューク様の魔力は凄まじいのだから、常に抑えといてもらわないと困る。
私は掃除用具を見つめながら口を開く。
「凍っています」
「毒が入っていたかの方が問題だ」
「いいえ、凍っていることの方が問題です。それに、もう解決しました」
私は変に嘘をつかずに、正直にそう言った。今更「やっぱり、あれは毒じゃなかったかもしれません」なんて言うのも余計に疑われそうだし。
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