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「……面白い少女じゃ。この城の中で忌み嫌われている場所を改善しようと試みるか」
「忌み嫌われているの?」
私は老人の言葉をオウム返しする。
「厄介者の集まりだと言われているところさ。わしは足を怪我してここにいるが、娘にここに入れられたのさ」
「入れられた?」
「口うるさい私が邪魔になったのだろう」
私は何も言葉が出てこなかった。
医務室をそんな左遷先のように扱うなんて……。
「とりあえず、背中に乗ってください」
私はそう言って、ベッドの横にしゃがみ込み、老人に向かって背中を向けた。
老人は暫く私の背中を驚いたように見つめて、すぐに豪快に声を出して笑った。
「わしをおぶるのか、少女。これは傑作だ」
その声は部屋中に響いた。もう彼以外は全員部屋の外に出ていた。
「彼は……」
「待って」
医者の動きを止めるように、ミアは医者の腕を掴んだ。
「だが」
「いいから、アリシア様を信じて」
「……ミアがそこまで言うのなら」
ミアと医者は何か会話しているようだった。
「誰かにおぶられる日が来るとは……。長生きしてみるものだ」
笑いを止めて、老人はそう言って私の背中の上に乗る。私は彼を背中でしっかりと受け止めて、その場に立ち上がった。
……すごく軽い。
私は彼の重さに驚きながら、医務室を出た。そして、ジャスミンが用意してくれていた椅子へとゆっくりと下ろす。
ジャスミンは私が老人を運んできたことに目を丸くして見ていた。
私は老人を無事に椅子に座らせたことを確認すると、扉の前にいるミアの元へと戻った。
「ミア、彼らの前に立って軽い体操を指導して」
「軽い体操、ですか?」
「そう、こんなの」
私はそう言って、両手を結び、腕を空高く上げて、左右に動かす。
「身体を伸ばしてストレッチよ」
「それになんの意味が……。彼らは病人ですよ?」
訝し気に私を見るミアに私は「身体は健康でしょ」と返す。
「私が指導したところでやってくれるか……」
「やらせるのよ」
私ははっきりとそう言った。
どこか腑に落ちない態度でミアは「はい」と頷く。
「じゃあ、頼んだわよ」
「アリシア様は?」
「すぐに戻るわ。……先生を少し借りるわね」
「え、私?」
先生、と突然呼ばれた医者は口を開く。
「ここの掃除用具ってどこにあるんですか?」
「部屋の奥だが……」
「連れて行ってください」
先生は建物の中に入り、私も続く。そして、小さな倉庫の前に着いた。
「随分と年季が入っていますね」
「……長年使っていないからな。もはや扉が歪んでいて開くかどうか」
少し気まずそうに医者は倉庫の扉を開けようとしたが、ガタガタと音を立てるだけで、一向に開く様子はない。
私は開けにくくなっている扉を魔法で開けた。