表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歴史に残る悪女になるぞ  作者: 大木戸 いずみ
694/710

694

「手を貸してくれるか? ……ってそちらのお嬢さんは?」

 医者はミアを見た後に、私へと視線を移した。

 私は「アリシアです」と軽く頭を下げる。

「先生! 早く来てく………ってミアさん?」

 看護師がミアに気付き、目を丸くする。そして、少し離れた場所から看護師は私たちの元へと駆け足で来る。

 こんなに忙しいのに、患者を放っておいて大丈夫なのかしら。

「彼女が今噂のデュルキス国から来た子か」

 医者は私をまじまじと見つめる。看護師も私たちのところへとやって来て、「手伝いにきてくれたのですか?」と明るい表情を浮かべる。

 ……一体どれだけ人手不足なの、ここ。

 私がそんなことを思っていると、患者の声が聞こえてきた。

「だ、だれか……胸が苦し、い」

「すまない、少し行ってくる。また後で話そう」 

 医者はいそいそと患者の元へと向かう。看護師もそれにつられて「また後で」と軽く私たちに頭を下げて、医者を後を追う。

 医者や看護師の雰囲気は明るいけれど、この場所自体はなんだか陰気な場所だわ。

掃除にまで手が回らないほど忙しいなんて……。てか、人を増やせばいいのに。

 いくらでも雇えるでしょ、ここは貴族が通っている医務室なんでしょ。

「……誰も働きたがらないんですよ」

 私の考えていることを察したのか、ミアは静かにそう言った。

「どういうこと?」

「この状況を見たら分かると思いますが、酷い場所でしょ?」

「う、うん」

 正直に言っていいのか分からなかったけれど、私は頷く。

「新人を雇っても、すぐにやめるんですよ。覚えることは多いし、体力仕事だし、患者の人数がこんなにもいる。掃除する時間すらもない。もはや、この医務室にはジンクスみたいなものまであるんですよ。『医務室に入れば、悪魔にとりつかれる』とかなんとか」

「悪魔に取りつかれる?」

「はい。なんだか精神的に疲れてしまう人が多いようで……。残っている看護師は彼女だけ」

 ミアはそう言って、看護師に視線を向ける。

 そりゃ、こんなに暗くて、閉鎖的で、汚かったら、働いている側の精神は疲弊してしまう。

 いや、働いている側だけじゃなくて、患者側の精神状態もどんどん沈んでいくだろう。

 病は気から、っていうぐらいだし。

「そもそもどうしてこんなにも患者が多いの?」

「怪我をしてる人というのは少なく、ほとんどは心を病んでいる人たちばかりで……。なかなか治らないんですよ。見て分かる通り女性も多いでしょ? 離宮で心を病んだ方も多いんです。本来なら自室で治療を受けるべきなのですが、男性は離宮に入れませんし……。とても優秀な医師なのですけど、どうも心の病には疎くて……。」

 精神的な医学治療というのはここでは存在しないのかもしれない。

 私はこの悲惨な状況を見ながらそう悟った。

「先生、ここ最近ずっと気持ちが沈んでいて。……このまま暗闇にどんどん落ちていくような感覚なんです」

「前よりも気分が優れませんの。なんのやる気も出なくて……」

「私なんかもういなくてもいいのよ。どうせ誰も気にかけてくれない。……こんな惨めな人生これ以上送りたくないわ」

「生きることに疲れた……、もう全て疲れた」

 あちこちから負のオーラが漂い、ぼそぼそと患者たちの声が耳に入ってくる。

 みんな完全に気力を失っている。というか、もはや卑屈になっている。目は死んでいるし、口から出てくる言葉は陰気な者ばかり。

 私が一番嫌いな空気感だわ。

「ミア」

「はい」

「私、運動したいって言ったはずよね?」

「はい。なので、運動場所をご用意いたしました」

 私はミアを見つめた。

 こんな場所で走ったら、更に埃が舞って、私まで体調を崩すわよ。

「……そんな顔しないでください。良い運動ですよ。重い荷物を動かすのはなかなかのトレーニングになりますし、ずっと体を動かしているのでいい汗もかけます」

 なんか私が思っている運動と随分違った。

 てか、なんか私の運動したい気持ちを利用して、人手不足を補おうとしているだけでしょ?

「どうして私が……」

「人の役に立てて、運動ができる、一石二鳥じゃないですか」

「私は別に人の役に立ちたいなんて微塵も思っていないわよ」

「……そうなんですか? 意外です」

 ミアの驚いた顔に私は「そう見えるの?」と聞いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ