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「ちょっと、そんな汚い手で私の服を触らないで」
突然誰かのとがった声が聞こえてきた。
私はその甲高い声がする方へと視線を向ける。綺麗に着飾った女性が偉そうに怒っている。眉間に皺を寄せて、意地悪な表情をしている。
そんな顔をしていると、綺麗な顔も台無しだわ。
怒った女性の前にいる女性は頭を下げながら「申し訳ございません」と何度も謝っている。顔が真っ青だ。
……怒られている女性、どこかで見たことあるような。
「彼女は?」
「王子の愛人のうちの一人です。……あまり関わらない方が」
「違う、怒られている方よ」
「あ、そっちですか?」
「ええ、そっち」
「彼女は仕立て屋のところの子ですね……。名は存じませんが……。レーネさん、毎回連れてくる助手違うから……」
仕立て屋の!
私はミアの言葉で彼女のことを思い出す。
デューク様と街で入った店のところの女性だわ。馬車に乗っていた二人のうちの一人だわ。道理で見覚えがあったわけだわ。
「……レーネさんって誰?」
私はボソッと最後に呟いたミアの言葉を取りこぼさなかった。
「レーネさんはこの国一番の仕立て屋といっても過言ではないです。街に大きな店を構えている店主です」
その情報だけで誰か分かった。
若くして貫禄のある女性だわ……。
美しい衣裳を身に纏い、綺麗な女性だと思った。同じ馬車に乗ってこの王宮に来た。……まぁ、私とデューク様は勝手に馬車の荷台に忍び込んだのだけど。
「ものすごく気の強い方で……、悪い人じゃないんですけど、あまり好かれるタイプでもなくて……」
ミアの口調的に、ローザとはまた別の嫌われ方のような気がした。
「あなたのような下民に服を触られるなんて……。私はこの国のトップデザイナーに見てもらいたいの」
あら、随分と酷い言い草。
私は遠目で彼女達の様子を見ていた。まるでゴミを見るかのような目で仕立て屋の助手を見下している。
……ここにいる皆はちらちらとこちらの様子を見ているが、特に関心はないようだ。
こういうことは日常茶飯事なのだろう。
やっぱり、離宮って好きになれないわ。……どっちかって言うと、私は平民担当の方がうまくやれた気がする。
「ああ、この服はもう着れないわ。貴女に触れられたところが腐っていくわ。どうしてくれるの?」
私はその言葉に思わず吹いてしまった。
……あ。
怒っている女性と目が合う。彼女はもちろん私が笑ったことを逃さなかった。物凄い形相で私を睨んでいる。




