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「私の足がなくなったのよ!! 返してよ! 私の足を!」
この女性は一体何を言っているのかしら。
彼女は呻きながらじたばたしている。
それをジルは全身で押さえつけている。
「痛い痛い痛い痛い痛い」
ああ、もう本当にうるさいわ。
「あなたは馬鹿なの?」
私がそう言うと、涙をぼろぼろと流しながら私の方を見た。
まだ自分が何を言われたのか理解していないみたいだ。
「私は貴方の足は取ったけど、脳みそまでは取っていないわよ」
その女性は固まって私の方を見ている。
呻き声はもう上げなくて大丈夫なのかしら。
やっぱり人って衝撃的な事を言われると痛みも忘れてしまうのかしら。
ジルが彼女を押さえつけていた手を緩める。
「あら、もう声を上げなくて大丈夫なの? 痛くないの?」
私が薄く笑みを浮かべながら彼女に向かって言った。
「痛いに決まっているじゃない。痛いわよ。足が無くなったのよ?」
とりあえず、パニックから脱出出来たって事かしら。
落ち着く事ってこんなに大事なのね。
「足を奪うなんて……」
彼女は自分の足を見ながらそう言った。
……そういう事ね。
彼女は馬鹿なんじゃなくて壊死したところをそのままにしておいたらどうなるかなんて知らないんだわ。
貧困村はろくに教育を受けさせてもらえないんだもの。
だから、病気になっても治す方法が分からないのよ。ウイルスがどんどん広がって最悪な状況になっていくんだわ。
「ねぇ、貴方名前は? 私はアリシア」
「……レベッカ」
苦しそうな顔をしながら彼女は答えた。
「レベッカ、もし貴方の足が切断されなかったら貴方は死んでいたかもしれないのよ」
「え? ……死んで?」
「貴方の足は壊死……、細胞が死んでいたの。人によって進行速度は違うから一概には言えないのだけど、それを放置していたら、壊死した部分が広がって貴方はもしかしたら死んでいたかもしれないという事よ」
彼女は私の言った事をすぐに理解したようだった。
……頭が良いのね。
「私の肌が……」
彼女は噴水の中の水に自分の顔を映した。
そうだわ、私、彼女の肌も綺麗にしたんだわ。
結構私、彼女に尽くしているんじゃない?
「ありが……」
「お礼なんかおっしゃらなくてよろしくてよ?」
彼女は目を丸くして私を見た。
ジルも横で目を丸くしながら私を見ている。
私を善人と勘違いしてもらっては困るわ。
悪女は自分の利益の為に動くのよ。対価をもらわないと。
「私がただの善意で人を助ける事なんてないのよ」
聖女だってきっとただの善意で人を助ける事なんてないのよ。
周りから良い人だって思われる事が対価なの。
良い人、親切な人でいたい、なりたい、そんな気持ちが必ずあるのよ。
それでもし嫌な事をされたら必ず心のどこかで思うはずなのよ、私は貴方にあんなに尽くしたのに、親切にしたのにって。
対価が支払われなかったらそんな気持ちになるのよ。それはもしかしたら有難迷惑かもしれないのに。
友達がいないから私は仲良くしてあげるってよくヒロインは言うけれど、その子は一人が好きなのかもしれないのよ。
私は人間なんて基本偽善者だって思うタイプの人間よ。そして、社会でそれを隠しているか、表に晒しているか。ただそれだけの事だわ。
「レベッカ、貴方には私に対価を支払って貰うわよ」