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「……アメリアは気付いていたよ」
「では、なぜ」
私は最後まで言えず、口を閉ざした。痛みを秘したその笑みに胸が締め付けられたからだ。
王妃様が言葉を紡ぐのを私は待った。
「…………アメリアは死ぬと分かっていて、食事に手を付けたのだ」
私は王妃様のその衝撃的な発言に「え」と声を漏らした。
「今、なん、と……」
目を見開いたまま王妃様をじっと見つめる。王妃様はゆっくりと話し始めた。
「アメリアはデュルキス国の王妃としてメルビン国のもてなしを受けることとなった。宴は、賓客が最初に食事を口にしてから始まる。それを拒むと争いを生むこととなる。それをアメリアは分かっていた。……彼女は恐怖一つ表情に出さずに食事を口にした。美味しい、と笑っていたよ」
「……毒見は」
自分の声が擦れるのが分かった。
「ルビアだ。彼女はあらかじめ解毒剤を飲んでいたのだろう」
「アメリア王妃はどうして食事に毒が入っていると……?」
「彼女は強く聡い女だ。ルビアの表情や殺気を把握していたのだろう」
どれほどの勇気だっただろう、とアメリア王妃を想う。死ぬと分かっている食事を頂くなど私には出来ないかもしれない。
……アメリア様は自分よりも守るべき何かがあったのかもしれない。
言葉を失っている私に王妃様は「その後」と話しを続ける。
「食事中に倒れ、体調が悪化したアメリアは部屋で息絶えた。あっという間のできごとだった。死ぬ寸前、彼女は『私は病死よ』とまた笑ったのだ。アメリアのあれほどの気高い笑みを見たのは初めてだ」
「……一度お会いしてみたかったです」
「きっと、そなたはアメリアに気に入られる」
そう言って優しく王妃様は私に微笑んでくれた。
これほどの大事件をどうしてデュルキス国の民は誰も知らないの。……私はデューク様から聞いて初めて知った。
「もし、王妃が祖国に殺された、ということが公になっていたら……」
そう想像しただけで身震いしてしまう。きっと、とてつもない惨劇になっていただろう。両国において、今の豊かさはなくなっていたに違いない。
私の呟きに、王妃は返す。
「そうならなかったのは、そなたの国王のおかげだ」
「……シーカー国王様?」
「ああ、そうだ。そなたの想っている通り、大戦争が起きても不思議ではない。むしろ、起こっていないことが奇跡だ。それは全てシーカー国王のおかげだ。彼は自分の感情を全て押し殺して、アメリアの意思を尊重したのだ。アメリアは誰よりもデュルキス国とメルビン国の関係がよりよいものになることを望んでいた。よく、私がその架け橋になるのだ、と言っていたよ。彼女は最期の瞬間までずっと未来を見ていた。シーカー国王もアメリアと共にその未来を守ろうとしたのだろう。本当はしたかっただろうが、彼は大規模な国葬にせず、ただ静かにアメリアの死を悼んだ。そして、誰もその話題に触れないようにした」
色々な感情が入り混じり、胸が痛くなった。知らぬ間に頬を伝う雫が服に落ちていた。
「アメリア王妃が命に代えても守りたかったものをシーカー国王は守ったのですね」
自分でも声が微かに震えるのが分かった。
私の言葉に王妃様は「ああ、立派な国王だ」と穏やかに笑う。その笑みは心の底から国王に対して敬意があるように思えた。
「デュークの目には臆病な王に映っているかもしれない。王妃が殺されたのに何もしないなんて、と腸が煮えくり返る思いだったに違いない。……だが、シーカー国王はシーカー国王なりに守るべきものを守ったのだ」
アメリア様も不憫だったと思う。だが、シーカー国王もだ。
どれほど辛かっただろう。どれほど無念だっただろう。
最愛の人が祖国で殺され、何もできないなんて……。
デューク様にも理解されることなく、お一人でずっとアメリア様と見た未来を守り続けてきたのだ。
「そなたが少しでもシーカー国王の想いに寄り添ってくれたことが、彼にとって救いになるだろう。ようやく少しだけ報われた、と」
王妃様の声が柔らかく心に響いた。




