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窓からは日の出が薄っすらと見えており、朝の光が部屋へと差し込んでいる。
豪華な部屋には天井までの本棚が壁一面に並べられており、本がびっしりと詰まっている。
私は王妃様と対峙するようにソファに座っており、王妃様の侍女とミアはそれぞれの主の傍に立っている。
王妃様の隣には車いすがあり、昨日の夕食に参加できなかった理由が分かった。
入室の際も挨拶をしたが、もう一度自己紹介を込めて挨拶をする。
「このような光栄なる機会を頂き、ありがとうございます。デュルキス国から来ましたアリシアと申します」
王妃様は柔らかい笑みをずっと私に向けている。
……そう、なんだか、すごく快く迎え入れられた。もっと強圧的な態度なのかと想像していたから、驚いた。
こんな風に王妃様と対談形式に座っちゃって良いの!? と思ったが、王妃が良いというのだから良いわよね。
「私はイリーナという。よろしくアリシア」
声色に聡明さを感じられた。女性にしては低く、落ち着いた声だ。
「昨日はローザ相手に見事だった」
…………見ていたの!?
私は数秒遅れて、脳内で王妃様の言葉を理解した。
「まさかあの場にいらっしゃったとは……」
軽く頭を下げる私に王妃様は笑う。少女のような笑い方をする人だ。
「あの場の空気を支配していた子とは思わぬ。もっと楽にしてくれ。私はそなたと会うのを楽しみにしていたのだ。この日をどれだけ待ち望んだことか」
「……待ち望んだ? とは?」
「アメリアが殺され、ルビアが殺されたその日から暫くずっと離宮は地獄のようだった。閉塞感に包まれ、毎日が重苦しかった。見ての通り、私はもう動けぬ。それを知る者は侍女のマリアとミア、そしてオーヴェンだけだ。……デュルキス国に対して皆が敵意を抱くのはデュークの行動のせいだけではない。ルビアがいなくなったその後が大変だったのだ。この離宮は混沌状態となり、暴動が起こった。離宮だけではない、王宮も悲惨なものだった。姫君と王の妻が殺されたのだから仕方あるまい。……それに、あの規律を重んじるオーヴェンが『あいつの部屋を燃やす』と言って男性禁制の離宮に乗り込もうとしたのだからな」
そう言って、王妃様は笑ったが、どこか切ない表情を浮かべていた。
私の想像などよりも遥かに痛ましい光景が広がっていたのだろう。
デューク様のお母様の件がこれほど重いものだったなんて…………。
「アメリアが殺されたことはよっぽどこたえたのだろう。……まぁ、それは私もだ。生涯消えることのない深い傷を心に負ったのだ。そして、その暴動に巻き込まれて、私は下半身不随となった」
私は言葉が出てこなかった。
何を言えば良いのか分からなかった。ただ、王妃様の言葉を聞くことしかできなかった。
「そんな顔をするな。もう過ぎたことだ。あの暴動で命を落とした者もいる。私は生きていられただけ良かった」
王妃様の笑みに胸が余計に締め付けられた。
これほどの辛い経験を経て、どうしてそんなにも穏やかで優しい表情ができるのだろう。
「……あの、その前に一つ質問してもよろしいですか?」
私はようやく声を発した。
「なんでも」
「どうしてルビア夫人は侍女になったのですか?」
私はずっと疑問に思っていたことをようやく聞くことができた。




