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「上から目線なのはそっちでしょ?」
私はため息をつきながらそう口にした。
「国民を守る立場だという自覚はあるの? ……ここにいる者たちの愚かな言動によって凄惨な被害が出ることを頭に入れておきなさい。死者が沢山でないことを祈ることね」
私はそう言って、机を降りた。ローザは何も言い返さない。
みんな、今から夕食を取るのね……。とてもじゃないけれど、そんな気分になれなさそう。
「ミア、タオルを用意してちょうだい。顔が汚れたわ」
私がミアの方へと視線を向けると、ミアは一呼吸置いた後、「すぐにお持ちいたします」と微笑んだ。
「ナシェ、貴女も来なさい」
「はいっ!」
ナシェは鼻声で勢いよく返事する。
私はローザと目を合わせることなく、この場を後にした。
私は部屋に戻り、綺麗な水で顔を洗う。
「さっきは本当にありがとうございました!」
ナシェはそう言って、また地面に頭をつける。さっきと違って随分と声が明るい。
私はミアからタオルを貰い、顔を拭きながらナシェに話しかける。
「今朝の食事に毒が入っていたのは知っていた?」
え、とナシェが顔を上げて、また彼女の表情が青白くなる。
……この反応は本当に知らなかったようね。……けど、この離宮の人間をそう簡単に信じすぎるのも良くないわよね。……子ども相手に疑いすぎかしら。
それに私はナシェに感謝されるために助けたんじゃないし……。
そんなことをぐるぐる考えていると、ミアが耳元でこそっと呟いた。
「彼女は白です。私が保証します」
ミアがそこまで明言できる理由が何かあるのだろう。私はミアの言葉を信じることにした。
「あの、本当に知らなくて……。今回の虫のことも……。わたし……」
「歳はいくつ?」
「今年で五歳です」
五歳で命が終わりだなんて言われたら、私なら暴れまくっているわ。
こんな陰湿な離宮で生きてくのは大変だろう。それにローザと言う最悪な夫人がいる。
「負けちゃダメよ。長生きしなさい」
私はそう言ってナシェの頭を撫でた。
「ありがとうございます」
噛みしめるようにナシェはそう言って、また頭を地面につけた。
「私からも、ありがとうございました」
ミアも私に向かって深くお辞儀をした。
……なんか、私、良い人になってない? ……そんなつもり全くなかったのに。
慣れていない状況に私は何とか言葉を発した。
「ただの自己満よ。お礼は要らないわ」
私がそう言うと、ナシェは目をキラキラと輝かせながら私を見る。
「アリシア様、かっこいい……」
「さっきのローザ様への言葉も最高でした。……デューク様が惚れた理由が分かった気がします」
…………なんかどんどん私への好感度上がってない?
「あの魔法、すごかったです! みんな、物凄くびっくりしてましたよ」
「たしかにあの場にいる全員がアリシア様に慄いてました」
「明日からのみんなの態度どうなるんだろう」
「全員が全員アリシア様を敵対視していたわけではないので、かなり話しかけられるかもしれませんね。もちろん手のひら返しする者もいるでしょうけど」
なんか二人で盛り上がってる……。
「ローザ様もかな?」
「彼女は変わらないでしょう。むしろ、憎悪を膨らませている可能性があるから、気をつけないと。……ナシェ、今度からは食事をちゃんと確認してから運びなさい」
「……はい」
「毒はともかく、虫は防げたはずよ」
もう、二人で喋っていてもらおう。
私はストレッチでもして、また明日に備えるわ。




