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長い机の先端まで来て、私はローザと対峙した。
「礼儀を知らないのね、可哀想に」
彼女はじっと私を睨み返しながら、口を開く。
まだその姿勢でいられることには感心だわ。今の状況がどういう状況か何も理解していないのね。
離宮のドロドロな世界は苦手だもの。いつまでもこんな馬鹿げたことに付き合っている暇はないのよ。私は私らしくここで過ごさせてもらうわ。
私は満面の笑みで皮肉を言い放った。
「貴女のような卑劣な方でも第二夫人になれるなんて、この国の制度は随分と腐り切っているのね」
そう言い終えたのと、同時にローザの顔が怒りで真っ赤になっているのが分かった。
「……こんな侮辱を私が受けて良いはずがない。国王がこのことを伝えれば、お前は生きて帰ることができないわ」
彼女はそう言って、私に思い切り唾を飛ばす。それが見事に私の顔に命中した。
…………あら、顔が汚れてしまったわ。
後ろの方から「アリシア様っ」というミアの声が聞こえた。私は思わず声を出して笑ってしまった。
悪女のような高笑い、一度してみたかったのよね!!
なかなか、こんな機会はないもの。悪女としてここで思いっきり輝いてみせるわ。
「何がおかしい」
ローザの言葉に私は笑うのをやめて、静かに怒りを魔力として放出した。
破壊的な闇属性の力を見せてあげるわ。
私はここの机に出された食器たちを一斉に魔法で壁に飛ばした。物凄いスピードで全ての食器が壁に当たり、金属食器特有の大きな音を立てて地面に落ちる。スープが部屋中に巻き散った。
食べ物を粗末にしてはいけないけれど、幸いスープだけだったから、まだ許されるわよね。……しかも、私のスープなんて虫入りだったんだから。
女性たちは悲鳴を上げて、すぐに恐怖で口を開きながら私を青ざめた顔で見つめている。
ローザは私を睨んでいるが、目の奥では怯えているのが見えた。虚勢を張っている。
……なんだ、こんなものなのね。もっと戦い甲斐があると思っていたわ。
私は少し残念に思いながら、口を開いた。
「仲良くしましょう、と手を差し伸べているのはこちら側なのよ」
「……手を繋いで笑い合う友情などお前に求めていない」
「もうどこまで馬鹿なのかしら」
私はまた声を出して小さく笑った。
オーヴェン国王は見る目がなさすぎるんじゃないかしら。第二夫人ってこんなものなの……? というか、かなりの年齢差よね。……国王の権力って凄いわね。
外見は整っているし、化粧も濃いから、若く見えるけれど、実際は私の両親と同じぐらいの年齢だ。もしかしたら、もう王に相手されていないのかもしれない。ただ、「第二夫人」という肩書にしがみついているだけ。
よっぽど馬鹿なことを起こさない限り、子を産めば、その地位は確固たるものになる。
彼女はわなわなと憤怒に身を震わせながら、なんとか声を発した。
「私を愚弄するのもいい加減に」
「これは個人の喧嘩なんかじゃないのよ」
被せるようにして、私は強くそう言い放った。ローザは黙り、私は話を続けた。
「私だって、貴女と分かり合いたいなんて微塵も思っていないわよ。ただ、この両国間のいがみ合いをいつかは解消しなければならないと誰もが思っているはずよ。それが『今』なだけ。……信頼できる関係を築き上げるには時間がかかるのは百も承知よ。だからこそ、同盟を結んで時間をかけて協力し合っていかなければならない。どちらかの国に不利益が被るなんて状況を作らないために、お互いが友好的な態度であれば争いは生まれない。過去は決して変えることはできない。ならば、変えることの可能な未来を動かせばいい。それができるのは私たちなのよ」
私はそう言い切った。
張り詰めた空気の中、誰もが私の言葉に耳を傾けていた。……だが、ローザは違った。大勢の前で恥をかかされたことに対して私に怒りを抱いていた。
「何を上から目線な……。お前の国が頭を下げて謝れば考えてやらなくもないわ。それか、今お前が土下座してもいいのよ?」
「ローザ様、これ以上は」
「うるさい。ここは私の離宮だ。私のルールに従ってもらう!」
侍女がローザの暴走を止めようとしたが無駄だった。ローザの怒鳴り声に侍女は口を閉ざし、身を引く。
この女は本当に戦争を起こすつもりなのかしら。
殺意よりも呆れが勝つわ。本当に話の通じない人間って存在するのね。




