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デューク様から貴族の方は頼んだ、と言われたけれど、かなり絶望的な状況よ、これ。……、けど、こっちの方が燃えるわ。
「静かに!!」
突然、ローザの大きな声が広場に響き渡った。
「お前が虫を入れたのか?」
威圧的な声でローザはナシェに問い詰めた。ナシェはガタガタと震えながら「ちがいます」とか細い声で答える。
可哀想に……。こんなに怯えちゃって……。
ナシェは突然床に頭をつけて、「ごめんなさい」と何度も私に謝った。
いつの間にか、広場は静寂に包まれており、緊迫した空気が走る。ナシェのすすり泣く音だけが聞こえる。
「命をもって罪を償ってもらうしかないわね」
ローザへの恐怖で慄いている顔をしている者もいれば、ナシェを哀れみの目で見ている者もいる。
はぁ、嫌なやり方。……こんな茶番に付き合っていられないわ。
私は小さくため息をついた。
ローザは私に機嫌よく接している者を嫌っているのだろう。ナシェはそのうちの一人だ。もしかしたら、デュルキス国とメルビン国の関係をあまり分かっておらず、ただ客人として私をもてなしてくれていただけかもしれない。
…………ってことは、ミアも?
私はふと、ミアのことが頭にチラついた。だが、今はナシェの問題を片づけなければならない。
悪女たるもの、慈悲によって手を差し伸べるなんてことはしない。ナシェには、自力でどうにかしてもらう。
ただ、私は自分のしたいように振舞うだけよ。反撃はまだ。今はこの舐め腐った態度に少し釘を刺すだけ。
私はスープの中で浮いている虫を見つめる。……昔、図鑑で読んだことがある。これはサソリのようなもの。毒がないタイプだ。
遥か昔は、この虫を焼いて食べる文化がもう絶滅した民族の中ではあったそうだ。
…………つまり、食べれる。
デュルキス国の女は「虫を食べるんだ」って思われてしまうかもしれないけれど、かつて食事に使用されていたのだもの。なにも恥ずかしがることはないわ。
……それに、虫を入れてきた方がよっぽど悪い。
ナシェが殺されてしまえば、事は大きくなる。デューク様が望んでいたメルビン国との関係はもう築くことはできないだろう。
……そんなことはさせない。
「ナシェ、大丈夫。飲めるわよ」
私はそう言って、サシェに笑顔を向けた。「え」と彼女が顔を上げたのと同時に私はスープをスプーンですくい口に運ぶ。
空気が張り詰めた中、私はスープを黙って飲み続ける。
少し苦いけれど、スープの酸味が効いているせいか全然飲める。……私ってば、意外とタフね。
この場にいた全員が私の食事に注目した。ローザも目を丸くして私を見ていた。
まるで本日の主役は私みたいだわ。悪い気はしない。
私はスープを飲みきり、ローザに向かって悪女の笑みを浮かべた。
「ここは刺激的な食事が多いのね」




