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私は部屋の中をぐるぐると回りながら必死に頭を動かした。
……考えろ、私。こんなところで躓くような女ではないでしょ。
今まで味方ばかりがいた世界で感覚が鈍ってしまっていたのかもしれない。もっと研ぎ澄まさないと。
こんなところで引き下がるわけにはいかないわ。
ミアを攻略するのはかなり難しい。……彼女の目を盗んでこの部屋から出る方法は…………、なくない?
けど、ずっと私を監視しているってことはなさそうよね?
私が思考を巡らしていると、コンコンッと扉をノックする音が聞こえた。
「朝食です」
知らない女性の声が聞こえた。
私は扉を開ける。小さな少女が金属の大きなお盆を持って立っていた。その後ろから薄いグレーの瞳が私をじっと見ている。ミアだ。
ずっとこの調子で監視は結構重労働よ……? まぁ、もう監視したければ監視すればいいわよ。
彼女を気にせずに私は少女からお盆を受け取った。
「ありがとう」
「このお部屋担当のナシェといいます」
彼女はそう言って、綺麗に頭を下げてこの場を去って行った。
……担当?
部屋に担当がいるということに驚き、私は部屋の中へと再び戻った。
…………これは使えるんじゃないかしら!?
私はベッドの上にお盆を置いて、様々な大きさをした金属のお皿を全て開けた。どれもスパイシーな香りがする。
馴染みのない料理ばかりだわ。
私は大きなパンを手でちぎりながら口に運び、スープを飲む。
……そういえば、アメリア様が毒殺されたってことは毒が入っている可能性があるってことよね。
けど、まさかこんな私に毒なんて盛るわけない。まだ来て二日目だもの。
食事を終えて、扉以外にこの部屋から出れる場所があるかを探った。隅々まで見たが、何もない。棚の上にメルビン国の古語の書物が数冊おいてあるだけだった。
もちろん、読める。
古語の習得が一番厄介だけど、ちゃんとしておいて良かったわ。思いもよらぬところで役立つものね。
離宮牢獄生活の私にとっては最高の暇つぶしになるわ!
私はそれを読みながら、この国のことを知ろうと思った。……その瞬間だった。手に力が入らなくなり、本が手から滑り落ちた。
「……これは」
体が若干しびれはじめていることに気付いた。
まさかこんな私に毒が盛られた……!?
毒を盛られたのに、少しだけ嬉しくなっている自分がいた。まさかこんな初っ端から攻撃してくれるなんて、悪女の腕が鳴るわ。
……殺すつもりのない毒だ。かなり弱い。
悲しいことに王族ではない貴族の私は幼い頃から少量の毒を摂取して、毒耐性を作るなんてことはしていない。ちゃんともろにくらう。
けど、これぐらいどうってことない。もっと死にかけたことは沢山あるもの。
「上等じゃない」
私は落ちた本を拾い上げて、ニヤッと笑みを浮かべた。




