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「デューク様のお部屋はこちらです」
そう言って、ミアは立ち止る。
この王宮内にはデュルキス国では見ない独特な模様が描かれている。壁画に近いのかもしれない。
私が呑気にそんなことを考えていると、デューク様とミアの争いが聞こえてきた。
「アリシアの部屋は?」
「離宮でございます。……もしかして、同じお部屋をお望みでしたか?」
「……せめて隣の部屋にしろ」
「できません。ここは神聖な王宮。どこの馬の骨か分からない女を置いておけません」
「おい、口のききかたに」
「デューク様」
圧をかけるようにミアが強くそう言った。
デューク様相手にこの態度に出れるのは凄い。ミアは表情を変えずに言葉を付け加えた。
「ここはメルビン国です。私たちには私たちのルールがあるのです。この方がどんな方であろうと、ルールはルール。離宮で過ごしてもらいます」
それはミアが正しい。
私はミアの言うことに思わず頷いてしまった。その様子を見たデューク様が私に対して不機嫌な視線を送る。
……なんだか猫みたい。
「私は離宮に行くので、困ったことがあればすぐに呼んでください」
「それはこっちのセリフだ。何かあったらすぐに俺を呼べ」
「……こちらです」
ミアが私に向かってそう言い、歩き始めた。
デューク様との余韻を少しも残してくれないじゃない。露骨に私のことを嫌い過ぎてない?
私はそんなことを思いながら、デューク様に「では」と軽くお辞儀をして、ミアへとついて行った。
王宮を出て、少し歩いた。すっかり日は暮れており、肌寒い。
目の前にあるのが離宮だとすぐに分かった。……同じ敷地内にあるだけ良かったわ。
私たちは離宮へと足を踏み入れた。その瞬間、香水の甘い香りが鼻をかすめる。
離宮の中の広場のようなところに女性が集まっていた。会話をして笑いあったり、長椅子に横になっていたり、みんなそれぞれにくつろいでいた。
「な、にここ……」
私は小さくそう呟く。
「ここは王宮にいる女が住む宮殿です」
「あそこの女性たちは?」
「王子たちの相手です」
「……つまりここは後宮のようなものだということ?」
「後宮とは少し違います。王妃と第二夫人、そして姫君たちもここにいますので」
今までの私がいた世界とは全く違うところなんだと改めて実感する。
「侍女たちも?」
「はい」
ミアの返答に私は固まってしまった。広場にいる女性の集団が私へと視線を向けて、なにやらコソコソと話し始める。
私、これからとんでもなく陰湿ないじめにあうんじゃない?
まさか、私もこれからアメリア様の思いを感じることになるとは……。
やってやろうじゃない。いじめでもなんでもかかってきなさいよ。全部受けて立つわ!!
私は上品に笑みを浮かべ、彼女たちに向かいお辞儀をする。
「デュルキス国からやってきたアリシアと申します」




