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披露しろ、なんて言われませんように……。
できなくはないけれど、目立つようなことはしたくない。……ライオンに乗って来ている時点でもう無理な話よね。
私は彼らの返答を待つ。
「…………本当にこいつ芸者だと思うか?」
「綺麗な女だ。それに瞳の色も珍しい。……芸者と言われてみれば、確かに納得はできる」
「俺はまだ疑ってるぜ」
「けど、この女に時間をとられてる暇はないだろ」
「それもそうだ」
二人は同時に私の方を見た。私はドキッと心臓が跳ねあがる。
……どっち!? 通してくれるの!? くれないの!?
彼らは私を睨みながら「「行け」」と声を揃える。
「ありがとうございます!」
私はお辞儀をして、再びライに乗り、門をくぐった。
じろじろ見られているけれど、知らない国でライを隠す場所なんてない。……もう芸者を貫くしかないわね。
視線を気にせずに街を楽しまないと!
周囲を見渡し、初めての雰囲気に心が躍った。本で読み、想像していた世界が現実になったようだった。
デューク様と合流しなければならないから、テンションを上げて街を散策している場合じゃないって分かってるけれど、それでも興奮は収まらない。
日はもう暮れ始めていて、少しずつ肌寒くなっている。
暗くなる中で輝く女性が目についた。
煌びやかな衣裳を纏った踊り子が舞っている。お腹は出ているのに、顔を鼻から下を衣裳と同じ煌びやかな布で隠している。
……美しい子。
私は横目で彼女を見る。彼女の舞いなど目にも留めず通り過ぎる者もいれば、がっつり上から下まで舐めるように見る人もいる。
そんな中、踊り子が鋭い眼光で私を見たような気がした。
え? 今、目が合った……わよね?
私は困惑しながら、ゆっくりと彼女の前を通り過ぎて行った。
もしかしてライオンに乗ってるから、芸者として勧誘したいとかかしら? ……充分ありえるわ。
「嬢ちゃん、このブレスレットは要らないかね? 可愛い子には安くしておくよ!」
突然おじさんに声をかけられる。腕には大量のビーズで出来たブレスレットをしており、私は若干引きながら、「大丈夫です」と言う。
「こっちの色はどうだい? お嬢ちゃんにぴったりだよ」
これは勢いに負けたら終わりね。強く断らないと。
「結構よ」
「美人さんだ。こっちの絵はどうかね?」
他からも湧いてきた。ライに乗っているからか人に囲まれてしまうと脱出しにくい。
ここでライが誰かに怪我なんて負わせてたら、一大事だもの。デューク様と会うまでは出来れば揉め事を控えたい。
私はライから下りて、ライの耳元で口を開いた。
「私が呼んだら駆けつけてきて。それまではどこかに隠れておいて」
ライは私の言っていることを分かっている。
その瞬間ライは、物凄いスピードでどこかへと走っていた。彼の迫力に皆圧倒されて、道を開ける。「ライオンが逃げたぞ!」と大きな声が聞こえたが、誰も捕まえることはできない。
これでいい。知らない国でライと離れたくはなかったが、ライも自分も守るためだ。
「あの猛獣に殺されるわ!」
女性の金切声に私は思わず笑ってしまった。
そんな野蛮なライオンじゃないから大丈夫よ。私の管轄内にいて、勝手にライが人を殺してしまうなんてことは絶対にないもの。
……だけど、そう思っているの私だけだった。周囲の反応は全く違う。




