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目が覚めたのと同時に、私はラヴァール国を出る準備にとりかかった。
……メルビン国との国境ってどんなのだったかしら?
私は頭の中で地図を想像する。確か、外交上手なラヴァール国からはすんなり入れたような……。
申請がいったらいったで、その時に考えればいいわよね!
私は部屋を飛び出て、ライの元へと向かった。
「アリシア」
王宮の廊下を走っていると、ヴィアンが前から歩いてきた。
……こうやって見ると凄い威厳だこと。ヴィヴィアンじゃない時のヴィアンはかなり冷たい空気を纏っている。
私は足を止めて、「おはよう」とヴィアンに挨拶をする。
「……もうここを出るのか?」
男らしい口調のヴィアンだ。
廊下だし、誰かに聞かれていたらまずいものね。
「そのつもりよ」
「今日はデュルキス国から少年が来る日だが、会っていかないのか?」
「……ええ、いいの。ジルにはジルの道を突っ走ってもらうし、私も私で突っ走るわ。そして、いつか突っ走った先で出会えると信じているもの」
「アリシアらしいな」
ヴィアンの微笑みに私も笑みを浮かべた。
「じゃあ、私は行くわ」
「気をつけて。アリシアなら大丈夫だろうけど」
「ありがとう」
私はそう言って手を振りながら、この場を去った。
ヴィアンとヴィクターどちらもすごく良い王子だ。どっちが国王になっても、きっとラヴァール国は繁栄し続けると思う。
どうなるか楽しみだわ。二人の喧嘩腰の会話が少し寂しくなるけれど、この国はこれ以上長居できない。
「ライ! おいで!」
私が小屋の近くまで行くと、ライは一目散に私の所へと駆けてきた。後ろから、小さな褐色肌の男の子が走って来るのが見えた。
あら、リオが見送ってくれるのかしら!
「あるじ様! おにいちゃんもリガルにいちゃんも忙しいみたいで……。僕だけなんですが」
「ありがとうリオ、凄く嬉しいわ」
私はリオの頭をクシャクシャっと軽く撫でる。
「あの、僕はなにか役に立てますか? 僕もなにかあるじ様の役に立ちたくて」
急に顔を上げて、私の方を力強く見つめる。一点の曇りなき純粋な瞳に私は思わず固まってしまった。
「……私の役に立つなんてことを考えないで、リオは何になりたいの?」
私はリオに彼の夢を聞いた。リオは少し間を置いて、答えた。
「動物のお医者さん」
動物のお医者さん……。
私は頭の中で彼の言ったことをオウム返しする。
まさか獣医が出てくるとは思いもしなかったわ……。確かに、リオは立派な獣医になれそうな気がする。なんとなくだけど、リオの将来の姿が想像できるもの。
「前にライが苦しんでた時に僕、もっと何かできればって……。けどそれって、あるじ様の役に立っていなくて……」
リオはそう言って、付け足した。
「役に立つわよ」
「……本当に?」
そもそも私の役に立つ立たないで夢を変えないでほしい気持ちもあるけど、リオがそう思ってくれているのなら、彼の思いに応えたい。
「リオが立派な獣医になったら、ライが病気になった時に迷いなく安心して預けられるでしょ? リオに対しての信頼が強くなればなるほど私たちの関係は良好になるもの。それって最高じゃない?」
「うん!!」
リオは大きく頷いた。私はもう一度リオの頭を撫でた。
彼の決意の言葉が真っ直ぐに私の心まで届いた。
「いっぱい勉強して、賢くなって、獣医になるからね!」




